「記憶は戻ったけれど、だからこそ余計に……俺は“元の自分”には戻りたくなくて。なっちゃんの側に、……行きたくて。必死で病院から逃げ出した」


───……彼が、“悪魔”と呼ばれるに至るまで。


きっと遥が口にはしていない、私の想像を絶する“何か”が今までに沢山あったに違いない。


一般的に御曹司と聞けば、何不自由なく道楽に耽っているイメージだった。だけどその御曹司であった遥が、どうして実家と縁を切るまでに至ったのか、正直はっきりとは分からなかったけれど。




───今、やっと。
本当の意味でその理由が、分かった気がする───。




私はまた、彼の頭をそっと抱きしめた。

記憶を取り戻して、孤独を再認識して、さぞかし遥は辛かっただろう。

そんな彼を、温かさで包み込んであげたくて、私は必死で遥を抱きしめた。

それに縋るように、遥がそっと私の背に腕を伸ばしてくる。



「……だけどすぐに見つかって。暫くの間、実家に監禁される事になったんだ」



今まで遠慮がちに触れていた彼が、強く私を抱きしめてくる。それに応えてあげたくて、私も強く抱きしめ返した。


「それからは……両親や兄と沢山揉めて。だけど今までずっと両親の言いなりだった俺が、初めて自分の意思で反抗出来て、正直気持ちは前よりずっと楽だった。それに全てを失ってでも、新しい“自分の”人生を歩みたいと思った。だけど同時に、今までの人生も絶対に忘れたらいけないと思った。二度と同じ過ちを繰り返さないためにも。……だから、写真を撮り始めたんだ」






────“写真”────。





遥のその言葉で、あの、なんの変哲もない物達を撮っていた遥の写真が脳裏に浮かんだ。