───……あの時、カフェで冬香さんが必死だった意味が、今ならなんとなく分かった気がした。

彼女があの時口にした『やっぱり私が』という言葉は、……きっと自分が代わりである事を再認識して出た言葉。

だからこそ彼女は、必死で遥を取り戻そうとしていたんだ。

遥をジッと見つめるも、彼は視線を伏せたまま上げようとはしなくて。ぼそりと呟くように、言葉を漏らした。




「だけど冬香はきっと……気付いていたんだと思う」


遥がスーツの袖を握る私の手に、そっと触れて来た。
それはまるで、壊れないようにそっと……というよりも、遠慮がちに触れて来た、という表現の方がぴったりで。


遥はいつも、私に対して何かを諦めていて。
彼との間に感じていた、見えない距離を思い出す。



「……告白した俺に、冬香は必死に記憶は戻ったのかと聞いて来た。戻っていないと知ると、酷く落胆していて。……『記憶が戻ってから、もう一度聞きたかった』と。そう言って泣いていた。……それが、俺と冬香の最後の会話だった」



───彼女と私。
もしも、立場が逆だったとしたら───。


私は遥に同じような言葉を掛ける事が、出来るだろうか。

分かりたくもない、理解しようとさえ思わなかった彼女の気持ちが、今、痛い程分かって余計に苦しくなる。

ふと視線を上げた遥が、目の淵に涙を溜める私を見て目を細めながら小さく微笑んだ。



「………本当になっちゃんは、優し過ぎるよ」



そう言って、彼は私の目から溢れてしまった涙を指で拭った。