遥が目を細めるのと同時に、ポトリ、ポトリ、と涙が落ちて行く。


「……それから冬香は、俺が入院している間ずっと恋人のフリをしてくれていた。だけど記憶がなくても……何かが違うと違和感を感じている自分がいて。俺はその違和感が不安で、消してしまいたくて……だから自分自身に言い聞かせるためにも、冬香に想いを告げたんだ。───……好きだ、と」



遥の言葉で、冬香さんとカフェで話した事を思い出した。
あの時の彼女の気まずそうな、どこか不安定な様子が脳裏に浮かぶ。

今なら、彼女の心情が痛い程良く分かる。だけど───。



……いくら私の代わりなんだと説明されても、───やっぱり胸は、苦しくて。


記憶のない遥の為の、恋人のフリだったのだとしても。

……どうしても、嫌だと思ってしまう。嘘でも私以外には……言わないで欲しいと願ってしまう。




「……だけど、告げてみて言い聞かせるつもりが、逆に気付いてしまったんだ。俺が恋い焦がれていたのは………“冬香”じゃないって」




遥が私の頬を両手で包み、コツン、と自分の額を私の額へと押し当ててそっと目を伏せた。



「酷い兄だと……自覚している。記憶を失う前も、失ってからも、冬香の気持ちには気付いていた。なのに、それを俺は……利用したんだ。自分の願望を、満たす為だけに」



遥はそう言い終えると、またそっと私から額を離し両手を頬から離した。

彼の温もりが一気に離れた事に不安を覚えた私は、咄嗟に遥のスーツの袖を掴む。すると遥が、一瞬目を見開いたかと思うとすぐに目を細め、嬉しいのか悲しいのか分からない、泣き笑いのような表情で私を見た。