ドクン、と大きく鼓動が跳ねる。


───“間違えた”───。


その言葉を聞いて、瞬時に冬香さんが頭に浮かんで。
抱き付いてくる遥を、抱きしめ返そうとする手が途中で止まってしまった。


「……両親と、兄、それから役員数名と俺の秘書にしか事故の事は知れていなくて、だからこそ誰も見舞いになんて来なかったのに、………そこに冬香が来た。兄に聞き出して来たようだったけれど、勿論俺は冬香の事も覚えていなくて。だけど朧げになっちゃんの事だけは覚えていたから───」


そこで一度言葉を切った遥は、更に私を強く抱きしめる。

なんとなく、次の言葉は予想出来たけれど、私は遥の言葉を促すように抱きしめ返して、背中をポンポンと優しく撫でた。

遥が小さく「ゴメン」と言いながら、泣いているのが分かる。



───何故だか私は、そんな彼に無性に愛しさが募った。



「……それは俺の願望だった。記憶に唯一残る彼女が、自分の恋人だったら、と。そしたらまだ、俺にも救いが残っているんじゃないかって。だから俺は、朧げな彼女に似ている冬香に縋るように聞いてしまったんだ。……『君は俺の恋人なのか?』って」



遥は酷く苦しげにそう言葉を漏らすと、抱きしめる腕を緩めて私の頬にそっと触れて来た。

彼の目からポトリ───、と涙が落ちるのをゆっくり視線で追う。不謹慎にも、綺麗だな……と見入ってしまった。




「あの時の冬香の表情は、……今でも忘れられない」



遥の表情から、とても、───とても、後悔している事が伝わって来て。

その気持ちを少しでも楽にしてあげたくて、私の頬に触れる遥の手に、そっと自分の手を重ねた。


「冬香は、俺の大事な……大事な“妹”だったのに。現状の苦しさから逃れたいが為だけに、俺は、冬香をなっちゃんの代わりにした。記憶を失う前の俺は……冬香の気持ちに気付いていたはずなのに」