遥の目が、私を見ているようで見ていなくて。
どこか遠くを見つめるようなその瞳は、翳りさえ見える。

私が以前、実家と縁を切っている理由を聞いた時、遥が漏らしていた言葉が瞬時に蘇った。



────『人間でいたかったから』────と。



目を瞠る私を見て、遥は自虐的な笑みを浮かべた。


「……当然なんだ。あの頃の俺は、会社の利益の為ならなんだってしていた。相手を陥れる事なんて当たり前で、何人もの経営者を自殺にまで追い込んできたし、……必要に応じては、男に抱かれる事さえも。でも、もう、それが俺の“普通”になっていて。俺のせいで人が死んでも、何も思わなくなっていた」


遥の言葉に、目の淵に溜まっていた涙がポトリと落ちた。

───“普通”。

以前私が別れを切り出そうとした時、遥に問われた事を思い出した。『普通って何?』、そう聞いて来た彼の言葉が、今なら痛い程理解出来る。


……深い、──深い。彼の闇を垣間見た気がして。


如何に自分が今までのうのうと幸せに生きてきたのか、思い知らされる。



「だけど、事故によって記憶を失っていた俺は、周りの患者を見ては、何故自分には誰も心配してくれる人がいないのかと……寂しくて堪らなかった」



……遥は、執着するタイプの人間なのだと、そう、思っていたけれど。

だから孤独を嫌うのだと、そう思っていたけれど。


────……全然、違った。
遥の孤独への恐怖は、根深くて───、彼を想うと涙が止めどなく溢れて来た。