花田さんが結婚の事に触れるとは思っていなかったので、一瞬ドクリ、と鼓動が大きく跳ねた。

だけど慌てて曖昧な笑みで誤魔化す。


「あ、えと、はい。半年前に……」


私の言葉と同時に信号が青に変わり、周りが一気に動き始めた。


「そう、それは喜ばしい事ね。夏美ちゃん、おめでとう!」


花田さんの言葉が、今は刃のように胸に突き刺さる。
「ありがとうございます」と言いつつも、上手く笑えているのか自信がなくて、私は誤魔化すように周りを見ながら花田さんと歩き出した。


「……でも、残念ね。夏美ちゃんをパッタリとこの場所で見掛けなくなってから、あなたの事をずっと探していた男の人がいたのよ。私も色々聞かれて、だけど個人情報だし勝手に伝える事も出来なくてね。凄く綺麗な顔をした男の人だったわ。でも、彼もある日パタリと見掛けなくなった。それにもう三年以上も前の話だから、彼も結婚してしまっているかもしれないわね」


花田さんが、「年寄りの戯言だと思って聞き流してね」と笑った。

だけど、笑って聞き流す事なんて出来なくて。


───花田さんの言っている人は………遥の事じゃないかと思った。


だけど、私が遥と初めて会ったのは、今から一年七ヶ月前。


遥が私を一方的に知っていたのは、それよりも十ヶ月前。

どう計算しても、三年も前にはならない。


……どういう、事……?


熱でぼんやりするのと、花田さんの話で混乱するのとでグルグルする頭を抱えながら、花田さんと別れて会社へと向かうべく私は駅へと向かった。