花田さんと知り合ったのは、私が社会人になりたての頃。

朝から沢山の人でごった返す交差点の丁度真ん中辺りを過ぎた時、後ろから小さな悲鳴が聞こえて振り返った。


そこには転んでしまい、必死に杖で立ち上がろうとしている花田さんの姿があって。

なのに、誰も手を貸そうとはしていない事に驚いて、私は花田さんに駆け寄った。


だけど丁度その時信号が点滅し始めて、嫌かもしれないけれどやむを得ない、と彼女の前でしゃがみ込み、私の背中に乗って下さいと懇願した。


最初は戸惑っていた彼女だったけれど、転んだ拍子にあちこち打ち付けたのだろう。身体の自由がきかない事を必死に謝りながら、私の背中に乗ってくれた。



それから気になったので、会社には連絡を入れて花田さんに付き添って病院まで行き。

幸い骨は折れていなかったけれど、全身打撲でそのまま入院になり、娘さんに連絡をして病院まで来てもらって大事を経たのだ。



それからだ。
花田さんと交流があったのは。

花田さんのご主人は二年前に亡くなったそうで、それからは自分の身体が動く内は毎朝通いたいのだと、一日も欠かさず御墓参りをしているのだと教えてくれた。

お仏壇でお線香をあげるだけじゃ彼に会った気がしないの、と少し寂しそうに笑った花田さんがとても印象的で。

それからは時々交差点で会っては、挨拶を掛け合う仲になった。


だけど暫くして私が一人暮らしを始めてからは、使う駅も変わってしまい、交流もパタリとなくなってしまっていた。


「また夏美ちゃんに会えて、嬉しいわ。……あら。やっぱり夏美ちゃん、結婚しちゃったのね。会えなくなってから、お引越しかしら、と思っていたけれど、やっぱりそうだったのね」


花田さんが私の左手の指輪を見て、少し残念そうに微笑んだ。