「お前、さ」
「うん?」
「……何も覚えてない?」
すこし、間を置いて。
珍しく緊張したように、茜くんが聞くから。
何のことかわからなくて首をひねる。
「なにが…?あ、今日やった公式?覚えてるよ…!」
「いや…まあいいや。なんでもない」
…どうしたんだろう、茜くん。
私、何か忘れてるの…?
それから、茜くんはすぐにいつもの雰囲気に戻って。
いつも通り、私がたくさん話したいことを話して、茜くんは「へえ」とか「そう」とか、聞いているのかいないのかわからないような相槌を打ってくれて。
それで、駅に着いた。
「じゃあ、また明日。もう遅いから気をつけろよ」
「うん、ありがとう!」
反対側のホームに到着した電車に乗った茜くんを見送って、なんだか急に切なくなった。
「もう少し一緒にいたい」って、わがままを言っても許される存在になれたらいいのに。
何か理由がなくても、一緒にいられる存在になれたらいいのに。
電車の窓から見える茜くんにいつまでも手を振っていたら、迷惑そうに眉をしかめられてしまったけれど。
呆れたように笑う茜くんの顔は優しくて、それだけで胸が甘くて、苦しくて、涙が出そうになった。