「………おまえの大切なものなんだろ。散歩がてらに見てるだけだ。」
 「こんなに早起きしてですか?冷泉様はお忙しいのに……。」
 「いいからおまえは寝てろ。探すのは俺の勝手だ。」


 色は翠の手を優しくほどき、ベットを戻そうと肩を押そうとするが、翠はそれをやんわりと避けた。
 

 「冷泉様、もういいです。」
 「…………もういいって何だよ。」
 「指輪はもう諦めようと思います。」


 翠は自分が言った言葉で、泣きそうになってしまう。けれども、昨日からずっと思っていた事だ。

 指輪は自分の不注意で無くしたものだ。もともとサイズが合わなくゆるかったのだが、最近体重が落ちたせいで、さらに合わなくなっていた。それでも身に付けたくて無理にしていたのだ。
 それなのに、初めての色とのデートのようなに、2人きりでお祭りに行って、翠は浮かれてしまっているうちに、指輪をなくした。

 あんなにも広い場所で見つかるのは困難だと翠もわかっていた。もし誰かに拾われたとしても、大きなエメラルドがついている指輪だ。持っていかれてしまう事も考えられた。

 それを色はよくわかっているはずなのに。
 忙しく疲れている体に無理をして、早く起きたり仕事終わりに探しているのだ。
 本人は、体調を崩して寝ているだけなのにだ。

 それがとても申し訳ないし、翠はまた色が自分のために無理をしているのが嫌だった。
 色の気持ちはとても嬉しいけれど……こういう事をされてしまうと、また勘違いをしてしまう。
 もしかしたら、色は自分の事を……と。

 指輪をなくして悲しんでいるはずなのに、色の気持ちばかり考えてしまう自分の浅はかさにも、うんざりしてしまうのだ。


 「きっと、おばあちゃんが指輪を持っていったんです。そう思えば、私も寂しくないかなって。」
 

 泣きそうになるのを堪えて必死に笑おうとする。
 きっと、上手に笑えてるはずだ。そう思ったのに、色はすぐに目をつり上げて怒りの表情に変わっていた。


 「おまえ、ふざけるなよ。……大切なものなんだろ?泣いて、倒れるぐらいに必死になって探してたんだろ……。なんでそんなに簡単に諦めるとか言うんだ!?」
 

 色は、今までで1番の怒鳴り声をあげて翠を睨み付けた。その口調は、強くて怖いものだったけれど、それは全て翠を思っての言葉だった。
 不器用な彼の優しさだと、翠はわかっていた。


 「もういいんです。冷泉様が、頑張る必要はない事なんですよ。だから、もう探しにいかないでください。」
 「おまえ………嘘つくなよ。本当は戻ってきてほしいんだろ。1番大切なものなんだろ?だから………っ……。」
 「もういいですってっっ!冷泉様には関係ない事なんです!」
 「関係ない、だと………?」


 翠の言葉を聞いて、色はぴたりと体が固まった。顔には驚きと「信じられない。」という表情のまま止まっていた。
 翠は、その悲しげな表情を見ていられなくて、視線を逸らした。けれど、ここで止めてしまってダメなのもわかっていた。
 彼はきっと、諦めないだろう。
 とても優しい人だから。


 「そうです。冷泉様は私の事、好きじゃないんですよ。ただ恋愛ごっこの相手をしてただけなんです。契約の関係でしたよね。しっかり思い出してください。」
 「おまえ、それ本気で………。」
 「告白を断ったのは、冷泉様じゃないですか!もう、優しくするの止めてください。私が辛いだけなんです。だから、私のために何かするのやめてください。指輪も探さないでください。」
 「………。」