23話「過去の夢と勘違い」



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 ゆらりゆらりと、体が揺れていた。心地がいい揺れで、小さい頃に抱っこをしてもらう時の感覚と似ているのかな、とボーッとした頭で思っていた。
 翠は目を開けるのさえも億劫で、温かい体温に包まれて、また眠ってしまった。


 次に感じたのは、白檀の香り。

 (冷泉様………?)

 色の香りを感じて、翠はゆっくりと目を開けた。そこは知らない部屋で、知らないベットで翠は寝ていた。とても大きなベットで白のシーツに灰色のベットカバー、部屋も黒のインテリアが多く、男の人の部屋だとわかった。

 ベットから起き上がり、昨日の出来事を思い出そうとした。色と一緒に花火大会に行って、そこで祖母のエメラルドの指輪を無くした。雨の中、探しまわったけれども、見つからなくて……。体が冷えにきって動けなくなったとき、色に抱き締められた所までは覚えていた。
 それからの記憶がほとんどないが、きっと色が自宅へ連れて帰って看病してくれたのだろうと思った。

 翠は恐る恐る自分の右手を見たが、やはり薬指には緑色に輝く美しい指輪はなかった。
 翠は溢れてくる涙を堪えながら、ベットから降りた。

 まだ頭痛とふらつきがあり、気分が悪いが、助けてくれて色に早くお礼を言いたかった。
 それに昨日、彼にとても酷いことを言ってしまった。自分が指輪を無くしてしまい、焦って八つ当たりをしてしまったのだ。彼は全く悪くない。


 恐る恐る部屋を開ける。廊下を歩いていくと、大きな窓があるリビングがあった。その窓から見る景色は、空がとても近く真下には沢山のビルが立ち並んでいる。タワーマンションなのだと、翠はすぐにわかった。そして、太陽が真上に来ているのに気づき、翠はすぐ焦り、部屋の時計を探した。すると、すでにお昼を過ぎた時間。今日の仕事を無断欠勤していたのだ。


 「大変……岡崎さんに連絡しないと!」


 部屋をうろうろとすると、バックの中身がダイニングのテーブルに置いてあるのがわかった。
 慌ててスマホを取ろうとすると、他にもテーブルに物があるのがわかった。

 お茶碗にお粥があり、しっかりとラップまでしている。カットフルーツも置いてあり、その脇には1枚の紙が置いてあった。一目見て、色の字だとわかる。


 『温めて食べろ。薬も飲んで寝てろ。』

 
 それだけだったが、色の優しさが伝わってきた。キッチンを覗くと、袋から取り出したばかりのお米やフルーツ、スポーツ飲料がそのまま置かれていた。あまり料理をしていないだろう、綺麗なキッチン。わざわざ、翠のために買ってきて、作ってくれたのだとすぐにわかった。
 それを見ると心が温かくなり、自然と微笑んでいた。

 スマホを取り出すと、お店からの着信が1件あり、そして岡崎からのメールが入っていた。


 『冷泉様から連絡がありました。倒れてしまったそうですが、大丈夫ですか?3日間は休みにしましたので、ゆっくり休んでください。それ以上の時は連絡をお願いします。もし、お店に来ても働かせないので、来てはダメですよ。』


 という、岡崎らしいメールだった。心遣いに感謝をして、仕事が終わる時間に連絡をしようと翠は考えた。