「そろそろ始まるな。」
「はい!少し緊張しますね……。」
「何でだよ。」
「楽しみにしていたことが始まる直前って、緊張しませんか?」
「……変なやつ。」
色は、笑いながらポンポンと翠の頭を撫でる。
優しい色の顔を見ていると、もう少し甘えたくなってしまう。少し恥ずかしかったが、翠は色にひとつのお願いをすることにした。
「冷泉様。1つだけ、お願いをしてもいいですか?誕生日プレゼント貰ったけど、あと1つだけ。」
「なんだ?」
言葉に出す前に、顔が赤くなるのがわかったけれど、辺りは真っ暗。きっと、色にもわかっていないはずだ。
「あの、冷泉様。……………。」
ドーーーンッッという花火の音が響き渡った。花火大会がスタートしたのだ。
翠が、夜空を見上げると色とりどりの花火が満開に咲いていた。光輝く儚い花火を見つめながら、「わぁー………。」と感嘆のため息が溢れてしまう。
初めて間近で見る花火の迫力は想像以上のもので、目と耳から入ってくる花火に圧倒されていた。
「綺麗ですね……冷泉様。」
と、呟くけれど、もちろん彼には伝わらない。花火の音に邪魔されてしまう。
「なんだ?」
と、口の動きで言っているのがわかったので、翠も口パクで伝えようとしたが、長い言葉だったため、色は理解出来なく、首を傾げた。
翠は、椅子から身を乗りだして、彼の耳元に近づき内緒話をするような格好だったが、大きな声で彼に願いを伝えた。
「冷泉様!花火大会中、手を握ってください!!」
1度拒絶したのに、今度は手を繋ぐことを望んでしまう。自分の気持ちの矛盾は理解していたけれど、それでも彼と手を繋ぎたかった。
今はみんな花火を見ているし、辺りは真っ暗だ。きっと、2人を見ている人はいるはずがない。そう信じて。
やっと翠の言葉が色に届いたのか、色はニヤリと笑いながら「バカなやつ。」と口の動きで伝え、自分の手を伸ばし、乱暴に翠の手を掴んだ。
夏の暑さが増したように感じたのは、彼の熱のせいだろう。
その熱と優しさを感じながら、花火を満喫した。
夜空を見ながら、こっそり彼の横顔を見たり、繋いだ手を確認したりしながら、翠は幸せな時間を送っていた。
ある事に気づくまでは。
翠は途中で喉が渇き、買ってもらった飲み物を飲もうと、手を繋いでいない方の腕を伸ばした。
その瞬間、違和感に気づいた。
いつも、右手の薬指には祖母のエメラルドの指輪が必ずあった。
だが、今はそれがないのだ。
それを見た瞬間、翠は頭が真っ白になり激しく動揺し、イスから立ち上がっていた。
その時の翠の顔は、真っ青になっていた。