そんなことを考えているうちに、色は次々に道具を出して準備を始めていた。
綺麗な緑色の浴衣に袖を通していく。肌着を見られているという恥ずかしさを忘れて、翠は色に見とれていた。
彼の表情は真剣そのものだった。そして、とても丁寧だけど、手早く浴衣を整え、紐で縛っていく。時々「キツくないか?」と、翠の顔を見て気遣ってくれるのも忘れない。彼にとって着付けは手慣れたものであるかもしれない。だけれど、その丁寧さと真剣はを見ると「着物がお好きなんだな。」という感想が翠に出てきた。
とてもキリッとした表情の中にも、楽しんでいるところもあるように思えて、そんな生き生きとした彼を見下ろすように近くで見られただけで、翠は恥ずかしい格好になってよかったのかな、とさえ思えてきたのだ。
帯を締める時は、思いきり力を入れられてビックリしながらも、少しずつ自分が浴衣姿に近づいてくるのを見て、翠は気持ちが晴れやかになっていた。
宝石の付いた帯紐をつけると「いいぞ。」と言って、翠を鏡の前に立たせた。
そこには、見たこともない姿の自分がいた。翠自身、絶対に似合わないと思っていた浴衣姿が、しっくりきており、そしていつもより顔が明るく見えるのだ。自分でも「この浴衣が1番似合っている。」と思えるのだ。
翠はその姿をもっと見たくて、後ろ姿も鏡で見ようとした。だが、色に「動くなっ。」と言われて、慌てて動きを止めた。
まだ何かあるのかと待っていると、ふわりと髪が上に持ち上げられ、首に色の体温を感じた。
鏡越しに見ると、色が髪をまとめはじめているのだ。
「もしかして、冷泉様はヘアメイクも出来るんてすか?」
「……まぁ、簡単なものならな。簪を使うのなら出来る。」
色の手さばきを見ているうちに、あっという間にアップヘアになる。簪には、翠と碧のとんぼ玉が揺れていた。
「すごい!すごいです!自分じゃないみたいです。」
「………それはよかった。」
「冷泉様、ありがとうございます!」
「似合ってる。綺麗に着こなしてるな。」
全身を眺めながら、嬉しそうに微笑む色に、翠はドキリと胸がなり、苦しくなる。
その優しい微笑みは、翠が大好きな色の表情だった。
「あ、あの!お出かけしてもいいんですよね?」
「そのために用意したんだ。」
「嬉しいです!冷泉様、早く行きましょう。」
照れ隠しと流行る気持ちで、色を急かしてしまう。そして、つい色の手を握って引っ張ってしまい、すぐに「あ!」と気づいて、翠は手を離した。一瞬感じた彼の熱が、すぐになくなってしまい翠は寂しさを感じてしまっていた。
「す、すみません!つい、楽しみで………。」
そう言って、逃げるように巾着に荷物を入れて玄関に向かった。
下駄を履いて外に出る。すると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「冷泉様。どちらにいくのですか?」
「歩いて移動するぞ。来い。」
先ほどなくなってしまった、色の体温がまた手に戻ってきた。手を握って、翠を引っ張っていく色の背中に、翠は泣きそうなぐらい嬉しくなり、いつまでも、彼の後ろ姿を見つめ続けた。
この時の浴衣姿の彼を、絶対に忘れたくなかった。