「少し待っててくださいね。もう少しで出来ますので。」
色から視線を逸らして、料理の続きをしようと包丁を持とうと手を伸ばしたが、それは色によって阻まれてしまった。
後ろから色に抱き締められてしまったのだ。
肩に顎を乗せるよう抱き締められてしまうと、少し横を向くだけで、彼の顔が近くなってしまう。直視できないので、まな板の上を真っ赤になりながら見つめるしかなかった。
「あの……冷泉様、危ないですよ?」
「だから、包丁は避けただろ。」
「そ、そうだったんですね………。」
耳元で話されると、くすぐったくも、妙な気持ちになってしまい、翠はどうしていいのかもわからずに ただ色に抱き締められるままになっていた。
「耳苦手か?いつも耳元で話すと、体が震える。」
「そう、ですね。なんだかくすぐったくて、変な感じがしてしまいます。」
「今日は耳にキスしてやろうか?」
「え、なんで……!?」
「耳の方が気持ちがいいかもしれないだろ。」
いつもより低い声で誘うように囁かれると、更にドキドキしてましい、体の力が抜けそうになってしまう。彼に抱き締められているので、どうにか座りこんだりはしないが、頭がボーッとしてきてしまう。
「耳と唇、どっちがいい?」
「そんな………。」
「教えろよ。」
「………も、、、。」
翠は考えられなくなった朦朧とした頭のせいで、今の自分の気持ちを素直に伝えるしか出来なくなってきた。
今、色にしてもらいたい事。
彼を感じたい、もっとぎゅっとして欲しい、と。
「何?聞こえない……。」
執拗に耳元で喋ることを止めない色に、やめてほしいと言えないのは、本当は止めてほしくないからなのか。
それさえも、翠はわからなくなっていった。
「どっちも………。」
「………欲張りな奴。」
色に耳をペロリと舐められ、ぬるりとした感触と、直接届く水音に、体を大きく震わせてから身を縮めてしまう。
「こっち向け……。」
そう言いながら顎に指を掛けられて、強制的に彼の方を向いてしまう。細められた目から見える、妖艶に光る黒い瞳を見つめると、吸い込まれてしまいそうになる。
目を瞑ると、その後には彼から熱を口から与えられ、翠は溺れそうになる。
苦しいけれど甘いキスは、翠が好きなものだった。
翠は寂しさを癒し、好きな人の熱を偽りでも感じるために。
色は憧れの人の変わりに利用しているのかもしれない。
それでもいいと思ってしまう自分を呪いながら、翠はキスを求め続ける。
しばらくすると、ゆっくりと色は体を離した後、腕を翠から離して何かをしていた。
カチッと音がした方を見ると、スープが吹き零れそうになっていた。
「早く食べたい………。」
「……え?」
熱をもった言葉でそう言われて、翠は思わずドキリとしてしまう。
「夕食、待ってる。」
「…………あ、はい。」
返事をすると、そのまま色はリビングへもどってしまう。
色の温かい熱がなくなってしまい、寂しくなりながらも、自分が何を求めて勘違いをしたのか。
恥ずかしさと、先ほどの余韻のため、立っていられなくなり、翠はその場にストンと座り込んでしまった。
翠が料理を再開出来たのは暫く経ってからだった。