料理をする時間は、それだけを考える事ができるので好きだった。集中しやすい時間なのだ。
 そうすれば、考えたくない事や悲しい事を忘れられる。そう、残り数回となった色との時間の事を。

 残り5回のみとなってしまう、家庭教師の仕事。
 この時間が、甘く幸せな時間で、この時間がなくなってしまう事が、今の翠には考えられなかった。
色と冗談を言いあったり、彼に頭を撫でられたり、彼の真剣な表情を隣でこっそり見たり、キスをしたり。彼の隣に座れる時間がなくなってしまう。

 そう考えない日はなく、思い出してしまえば、涙が出てしまう。

 その事を忘れたいとも思うけれども、彼との思い出は消したくない。

 そんな悲しい事ばかりを考えて日々を送っていた。けれども、彼のための勉強をする時間は違った。少しでも彼の役に立てるのだと思うと、その時間は翠の心の支えになっていた。
 もちろん、彼との甘い時間もだが。


 料理をしていれば集中出来るはずなのに、今日はダメだった。彼の事ばかり、考えてしまう。
 ため息をついた瞬間だった。


 「おまえ、次の仕事休みの日。何かあるのか?」
 「…………っっ!?れ、冷泉様っっ!??」


 いつの間か、翠の隣には色が立っていた。考え事をしていたせいか、全く気づくことが出来なかった翠は、体を思いきりビクッとさせて、悲鳴さえも出ないで、その場から下がってしまう。
 すると、その反応に色が驚き「なんて反応してんだよ。ボーッとしすぎだ、怪我するぞ。」と、持っていた包丁を取り上げて、まな板の上に置いた。


 「すみません……考え事をしていたみたいで。どうしたんですか?」
 「テーブルの上のカレンダーに次の休みの日に丸がついてた。何かあるのか……?」
 「え、あーあの、その日は私の誕生日なんです。私の職場では、岡崎さんの考えで誕生日は休みにしてくれんです。……私はは全く予定はないんですけど、なので、とりあえず丸つけてみたんです。」
 

 岡崎にこの日は休みじゃなくてもいいです。と、伝えているが、毎年「みんな休みにしてますから、気にしないでください。いいお誕生日を。」と、言われてしまうのだ。
 どこかに出掛けてもいいかとも思っていたが、今は色との家庭教師のために勉強をしたかったので、今年も家で過ごすとになりそうだった。ちょうど、休日とも重なっており、出掛けてもどこも混んでいそうなので、丁度よかったかもしれない。


 「……岡崎とかいう店長は?」
 「岡崎さんですか?岡崎さんは、その日は確か店長ミーティングがありましたけど……?」
 「そうか。」
 「はい。」


 何か答え方を間違ったかな?と翠は思いながらも、色が納得したようだったので、深くは追及しなかった。