「ですが、もう大丈夫なのですね?」
 「………え?」
 「家庭教師は最後まで続けると決めたんですよね?」
 「はい。冷泉様にギリシャへ出店するお手伝いをしたいですし。……でも1番の理由は、私が冷泉様に会いたいからなんですけどね。」


 上司に自分の好きな人や何があったのか、そして失恋してしまったことを話すのが、妙に照れくさくて、翠は顔を赤くしてしまう。  
 それを微笑ましそうに岡崎は見守っていた。


 「一葉さんなら大丈夫でしょう。しっかり者で、可愛いのですから。」
 「可愛いって、そんなことないですよ!」
 「そうなんですか?」
 「はい!…………岡崎店長に聞いてもらってよかったです。なんか、ホッとしました。」
 「それはよかったです。」
 「なんか、お兄さんみたいですね。」


 そんなことを言うと、岡崎は驚いた顔をした後に苦笑いを浮かべた。
 

 「これでも、私は冷泉様と歳はあまり変わらないのですよ?」
 

 色は31歳で、岡崎は37歳だ。大人の6歳はあまり変わらないのかもしれないが、やはり色の方が感情を表に出しやすい性格の分、幼く見えてしまう。
 と言っても、翠は28歳なので2人とも十分すぎるほど大人の男性だ。


 「年上の男性が好きならば、私もいますよ。」
 「………え?」
 

 予想もしない言葉に、翠は驚き固まってしまう。
そんな様子を見てか、いつものようににっこりと笑いながら、立ち尽くす翠にゆっくりと近づいた。
 すれ違い際に、触れるか触れないか優しい感触で、岡崎の手が肩に乗ったのがわかった。
 

 「失恋して弱っている相手につけこむような事はしませんが……私は、泣かせない自信がありますよ。」


 そう耳元で囁く岡崎の声は、今まで聞いたことがないぐらいに艶があり、翠はドキリと胸が鳴り体が震えそうになった。

 真っ赤になる顔も隠さないまま、すぐ隣にいる岡崎を見つめると、色気のある男の表情に見えたが、すぐにいつもの爽やかな笑顔に戻っていた。

 そして、颯爽と部屋を出ていこうとする岡崎さんに、翠は咄嗟に声を掛けた。


 「岡崎店員は、ご結婚されてますよね………?」
 「話してませんでしたか?最近、離婚しましたよ。……では、あなたは落ち着いてからお店へ出てくださいね。その顔では、また何か言われてしまいますから、ね。翠さん?」


 いつもとは違う呼び方で翠を呼び、嬉しそうに笑う岡崎を、翠は唖然とした顔で見送り、その後にその場に座り込んで、しばらく動けなくなっていた。