次の日の朝に、色からメールが来ていた。
 『今日は来るのか。』
 ただ、それだけのメール。それだけでも、翠は嬉しかったが、同時に悩んでしまう。
 行きます。と送れればどんなに嬉しいことだろうか。けれど、それは出来なくて、しばらくは返信出来ずにいた。

 昼休み。心に決めて『今までごめんなさい。今日は行くのでお話しさせてください。』と送った。もう嘘をつくのが嫌になってしまった。彼には伝えなければいけない。
 もう家庭教師が終わりになってしまったとしても、逃げ続けるのは止めなければいけないのだ。

 色のためにも、自分のためにも。そう思ったのだ。

 昼休み中に、色からの連絡はなかった。






 仕事が終わる時間が近づくにつれて、翠はソワソワとしてしまい、業務に集中できずに岡崎に心配されてしまった。
 仕事が終わったら、やっと彼に会える。けれど、今日で関係が終ってしまう。嬉しさと悲しさが混ざりあって、逃げたい気持ちが大きくなってしまう。
 だけれど、それではダメだと自分に言い聞かせるうちに、あっという間に時間になってしまった。

 1つ大きなため息をつきながら、料亭へ行く準備をした。大きなめなピンクや緑色の花柄に明るいグレーの生地のワンピースは、色が「1番似合っている」と褒めてくれたものだった。それを選んでしまうところが、自分はまだ彼の事が好きなのだと感じてしまう。
 もうここを出なければいけないギリギリの時間になっていた。それでも足取りは重く、翠はゆっくりと挨拶をしてから店を出た。


 店を出てすぐ、向かい側の道路に見慣れた車が止まっているのに気づいた。そこには、着物を着た男性が立っていた。それが誰かは見てすぐにわかった。

 「冷泉様………。」
 
 止めてあった色の車の前に、彼は電話をしながら立っていた。色は、翠が出てくるのを見ると、すぐにスマホ口に何かを伝えて電話を切っていた。
 その間に、翠はゆっくりと色に近づいていた。気まずさから、彼の顔を見ることが出来なかったが、久しぶりに会うのが嬉しかった。ちらりと隠れ見た彼の顔はとても厳しくなっていた。

 色が怒るのは仕方がない事だった。
 休みが約5日続いたのだ。しかも、理由も曖昧だっだので、色には翠がどうしてこんな行動を取ったのかわからなかっただろう。


 「冷さ………。」
 「さっさと乗れ。話しはそれからだ。」


 強い口調に冷たい言葉。
 (あぁ、冷泉様に嫌われてしまった)と、翠は悲しくなった。だが、自分が招いた結果だ。自分が彼の事を本当の意味で考えてなかったのだから。

 車の中では、お互いに何も会話はなかった。
 色は、運転するだけで1度も翠の方を見ることもなく、そして話も掛けなかった。シーンと静まりかえった社内では、翠は激しく鼓動する自分の心臓の音だけが聞こえているように感じられた。