「突然、失礼致します。私、色社長の秘書をしております、神崎綾音と申します。この間は、挨拶出来ずにすみませんでした。」
「一葉翠です。こちらこそ、大切な話の邪魔してしまって、すみません。」
そう言うと、「いえ。」と一言言った後に、ちらりと翠を一見した。そして、続けて神崎が話を始めた。
「家庭教師を付けてるとおっしゃったので、もっと年配の方を想像していたので、昨日もですが驚いてしまいまして。」
「そうですよね……私も驚いています。」
そういうと、神崎は小さくため息をついた。何か失礼なことを言ったのかと思ってしまった。
「あの……。」
「一葉さんに、お願いがあります。家庭教師をやめていただけませんか?」
鋭い口調で言われた言葉に、その場はピンとした空気に包まれた。翠は、「家庭教師をやめる」という言葉を頭で理解するのに、いつもより時間がかかったように感じた。それぐらい衝撃が強かったのだ。
「………それは、どういう事ですか?」
「言葉の通りです。色社長とこうやって会うのをやめてもらいたいのです。」
強い言葉と視線で、翠に向かってきっぱりとそう言った彼女の視線はまっすぐと翠に向いていた。
神崎の言葉に動揺しながらも、翠は「わかりました。やめます。」とは、もちろん頷けない。
翠は色との契約の関係だとしても、毎日会いたくて仕方がなかったし、彼との時間が特別だった。しかも、この関係は期間が決まっており、少しずつ終わりへと近づいているのだ。そんな状態の関係を彼女に止めてほしくはなかった。
それに、これは色からの提案で決まった、家庭教師という関係だった。神崎の上司である色の考えを違えたいと思うのは、どうしてなのかが翠は気になった。
「この家庭教師という関係は冷泉様が決めて、私を誘ってくれました。それに私は応えましたし、今の時間がとても楽しみなんです。だから、私はやめたくありません。」
「…………やめていただきたいのは、色社長のためであってもですか?」
「………その理由を教えてください。」
神崎の言葉を聞いて、翠はハッとした。色に何か迷惑を掛けていたのか、と心配になったのだ。冷静になり、謝罪をしてから神崎の話しを聞こうとした。