次の日も、翠はいつもの料亭へと向かっていた。
いつもよりも、足取りは重く時間がかかってしまう。少し時間が遅れてしまったが、それでも、翠は料亭に来てしまうのだった。
(バカだな、私……。)
いつものようにお洒落をした私は、いつか色が似合うと言ってくれたフレアのワンピースに、好きだと言ってくれた、ウェーブがかかった金色の長い髪は、おろしている。
料亭のためのおしゃれが、今では彼のためになっていた。
「……。遅いぞ。」
「すみません。」
いつもの奥部屋へと入ると、普段と同じように色はすでに来ており、座っていた。
ドアを開けた瞬間。彼は驚いた顔をしていたが、すぐにいつもの憮然な態度に戻っていた。
翠は「すみません。」と謝罪してから、色の隣の座椅子に座る。
彼は、黒近い灰色の着物を着ていた。温かくなってきたからか、羽織ものはしていなかった。むしろ、暑さを感じていたのか少しだけ首もとが空いており、それを見つけた瞬間、翠はドキリと胸が鳴り、すぐにそこから視線を逸らした。
「冷泉様、あの………っ………..。」
昨日の出来事からの、今日で、さすがに翠も緊張していた。やっとの事で、色の顔を見つめて話しをしようとした、瞬間。
彼から熱が降ってきた。熱いけれど、少し切ない味のキスが。
続きの言葉を止められるかのような、深いキスで、翠の声はすべて色の身体の中に入って消えてしまうようだった。
「これでいいんだろ?」
「………ん…。」
「はい。」と、返事をしようとしたけれど、それさえも色に防がれてしまう。キスに翻弄され、頭がぼーっとしてしまう。返事が出来なかった事よりも、今は色との触れ合いを堪能したいと思ってしまう。溺れていく…息をしなければいけないけれども、彼に浸ってくのに夢中になるのを止める事が出来なかった。
長い時間に感じられたが、ほんの数分だったのかもしれない。熱にあてられたのか、体がふにゃんっとなって自分では支えられなくなってしまい、色の胸に体を埋めてしまう。
すると、色は笑いながら、頭を撫でてくれた。
「明日からは、キスは最後にした方がよさそうだな。」
キスの後は、しばらく教えられないと思ったのだろう。現に体が上手く動いてくれない。
「すみません。」と返事をしたが、それに返事はなく変わりにずっと頭を撫でられ続けたら。きっと、「気にするな。」という事らしい。
この僅かな甘い時間を、翠はそっと目を閉じて幸せに浸っていた。