6話「契約キス」



 あの日以来も、変わらずに家庭教師は続いた。
 仕事が休みの日以外は、料亭で色に会い、ギリシャ語を教えて、ご飯を一緒に食べる。そして、自宅まで送ってもらうのだ。
 約2時間だけの毎日の仕事。
 だけれど、休みの日に会えない事が悲しくなるぐらいに、翠はその時間を心待ちにしていた。

 色はそれ以外に必ずする事があった。
ギリシャ語を教える時間になると、必ず翠に触れてくるようになっていたのだ。髪や、顔、手、首筋。いつもドキドキさせられるが、それ以上に進むことはなく、それだけで終わる。
 これが普通だったら翠は逃げて、そして「止めてください!」と、きっぱりと断っているだろう。
 だが、色だとそれが出来ないのだ。

 翠の中に、それを期待してしまっている自分がいた。
 翠は気持ちに気づきつつも、わからないフリを続けていた。

 色の気持ちが全くわからないから。


 そんな事を思い続けながら、そして、夜になるのを心待ちにしながら毎日を過ごしていった。





 「おまえの目は、本当にエメラルドみたいだな。とても、綺麗だ。」
 「冷泉様、あの……。」
 「なんだ?」

 今日はいつも以上に距離が近く、色の綺麗な顔が目の前まできていた。
 髪と同じぐらい艶がある、黒々とした長いまつ毛。そして、きめ細かい肌に、切れ長で黒い宝石のような瞳。口元はニヒルに微笑んでいる。