「あの、初めは爽やかに笑う人だなって思ったり、でも俺様で怖いなって思ってたんですけど。こうやって、家庭教師をしてもらって、優しく笑うなーとか、怒るとやっぱり怖いけど、時々悲しそうだったり。冷泉様も、たくさん表情か変わってますよ。だから、一緒ですよ。」

 何が言いたいのか、言いたかったのか、わからない。でも、色が悲しそうな顔をしている事を伝えたかった。私もころころと気持ちが変わるから、一緒だと。だから、彼の気持ちが知りたい。
 きっと、そういう事だと話してみてわかった。

 まだ会ったばかりの色が自分に話してくれるような事ではないのは翠も理解していた。けれど、私の気持ちもわかって欲しかったのかもしれない。自分勝手かな、と翠は反省しつつ、おどおどと色を見つめた。


 すると、彼は無表情のままゆっくりと翠に向かって手を伸ばし、そのまま肩を掴まれたかと思った瞬間、気づいたら彼の胸の中にいた。


 「冷泉様………?」


 彼の着物の感触と、お香のような優しい香りが翠を包む。
 ドキドキしながら、それを嫌がっていない自分がいる事に気づいた。
 (イヤじゃない。むしろ、嬉しいの…私?)
 体温が伝わり、更に彼を感じてしまう。


 「おまえは、本当に…。」


 その続きの言葉は、いつになっても聞こえてこなかった。色に抱き締められたまま、仲居さんに声を掛けられるまで、それは続いたのだった。

 その時間は翠にとって、とても幸せな時間になっていた。