教本のためのギリシャ語の本が多数と、筆記用具にノート、辞書を入れて重くなった鞄を抱えながら歩いて、着いたところは翠が今までで足を踏み入れた事がないような場所だった。

 少し古びた木造の門があり、そこを入ると立派な日本庭園が迎えてくれる。決して広いわけではないが、隅から隅まで整えられていた。敷地を囲むように竹やぶが綺麗に並んでいたり、小さな池には紅白が鮮やかな鯉がゆうゆうと泳いでいる。

 場違いな雰囲気に圧倒されながら、恐る恐る足を進めていくと、立派なお屋敷の前に立つ。昔ながらの木造の2階建ての建物だったが、すべてが洗練されており、入り口の綺麗な彫刻で描かれた花たちをみるだけで、「ここに入ってもいいんだろうか?」と、不安になってしまう。

 すると、急にドアが開き、着物を着た女の人が「いらっしゃいませ。」と賑やかに出迎えてくれた。

 ここは、色が運営する店のひとつだった。

 家庭教師をする場所を色の家にすると言われたが、翠はそれを断固拒否したのだ。次に「だったらおまえの部屋にしろ。」と言われたが、それではなんの何の意味もないのだ。

 どこかのおカフェとかでもいいです!とも言ったが、個室じゃなきゃイヤだと言われ。カラオケや飲み屋さんとかいろいろ提案したが拒否され、「だったら、うちの店にする。」と色が言って、ようやくお互いに納得し問題が解決したのだ。

 そのため、翠はおしゃれをして来ていた。料亭に行ったこともないため、どのような服装で行けば良いのかわからなかったからだ。


 「すみません。待ち合わせをしていまして。」
 「かしこまりました。お相手のお名前は。」
 「冷泉色様です。」
 「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ。」


 玄関に案内し、店へと案内された。
 ここは色が運営している料亭のひとつであり超高級店だった。本当ならば、翠は一生入ることがなかった場所だろうと思っていた。