翠が退院した後すぐに、母とふたりで逃げるように引っ越しをしたのだ。周りの目からも、冷泉家からも、そして、祖母からも逃げたのだ……。
 翠は幼かった頃の話とはいえ、申し訳なくて情けなくて、涙が出てきてしまった。それを、色は指で拭い、そして翠の頭を撫でた。


 「おまえが、謝る必要なんてない。でも、エメルがいなくなって、俺はずっと、エメルを………おまえを探していた。だから、店でエメルに似た人を見つけた時は驚いたんだ。外人だと思ってたから、別人だと勘違いしたけどな。」


 立ったままで話をしていたので、色は翠の手を取って、ソファに座るように促した。もちろん、ソファに座っても手は繋いだままだ。


 「だから、綺麗なギリシャ語を聞いた時や、翠の傷跡を花火大会の日に見てしまった時。お前がエメルではないかと気づいた時には驚いた。」
 「あの日、見られちゃってたんですね……恥ずかしいです。」
 「でも、それでエメルが翠だったってわかったんだ。………けれど、お前には傷跡がついて嫌だったと思う。痛かったよな。」
 「大丈夫です。私も傷跡の理由を知って。この跡が好きになりました。」

 
 彼にそう微笑みかけると、色は少しホットした表情になってくれた。


 「………で、それに気づいてくれるのはいつになるんだ?」


 色が翠の左手を指差してそういうと、翠は左手を眺める。


 「え………これは……。」


 翠は左手の薬指にある、透明に光る宝石のリングを見つけた。綺麗な輝きに目を奪われながらも、色の言葉を待っていた。

 すると、色は「気づくの遅すぎだろ。」と、笑った。