大きな声でそう言うと、覆面の男は焦り始めた。大きな声を出されては目立ってしまうのだ。それが聞いたことがない言葉だとしても同じ事だ。
「無視していくぞ。」
覆面のリーダーらしき男がそう言った瞬間、エメルは勢いよく走り男たちに飛びかかろうとした。
しかし、それは敵わなかった。
エメルが石をぶつけた男が、ポケットからナイフを出してエメルを切りつけたのだ。
エメルは声も上げずに、その場に倒れ込んだ。左胸を切られたのかエメルは左胸を押さえている。その手はすぐに真っ赤に染まっていった。胸から大量の血が溢れてきたのだ。
その後に、覆面の男が彼女の体を蹴った。
エメルは後頭部を地面に強く打ち、その場で動かなくなった。
それを色は、呆然と見つめていた。彼女が倒れている。血を流して、頭をぶつけた。このままで彼女は死んでしまうのではないか。
色は頭が真っ白になり、口がカラカラに乾き、そして、怒りと恐怖で顔が赤くなった。
「エメル………おい、エメルっっ!」
色が大声を出しても、彼女は全く反応しなかった。左胸から、大量の血が流れ、地面を赤く染めていた。
大声を出した色も、口を塞がれて車に詰め込まれて、どこかに連れ去られてしまった。
窓から見えるエメルが、どんどん小さくなって、ついに見えなくなる。
けれども、色の頭の中にはしっかりと彼女の顔が刻まれていた。
真っ青で、苦しそうな顔が。
その後、誘拐された色はあっけなく見つかった。心配性の母親が服にGPSを付けていたので、すぐに犯人の行方がわかったのだ。色にはほとんどケガがなく保護された。
色は自分の事よりも助けてくれたエメルが心配だった。
病院に駆けつけたが、エメルは病室でずっと寝ていた。1度目を覚ましたけれど、前後の記憶がなく、「冷泉色」という少年の事も覚えてなかったと聞いた。色は、それが信じられず彼女が起きるのを待っていたかった。
けれども、エメルの母親はそれを許してくれなかった。色の両親に、エメルの母親は激しい言葉を言っていた。色には理解できないこともあったが、「この子に会ったら、うちの子が辛いことを思い出してしまって可愛そうだわ。」という言葉だけは意味がわかった。
今のエメルは、あの覆面男に会い、酷い事をされたのを覚えていない。あんな恐ろしいことを思い出してしまったら、エメルは悲しみ、怖がるだろう。外にも出られなくなってしまうのではないか。そんな風に色も思っていた。
両親に、帰ると説得して、今後エメルに会わないことを、心に決めた。
けれども、色はエメルが自分を助けてくれたことを忘れてはいけない、と強く思った。
彼女は初恋の相手であって、自分の憧れの存在になった。
もし彼女と会うことがあったのならば、次は絶対に守ってあげたいと、心に誓ったのであった。