29話「昔の出会い」
色と翠は、彼のおすすめのパン屋さんで遅めのブランチをとりながら話しをしていた。
翠はチーズがたっぷりと入ったフランスパンとミルクティー、色はサンドイッチとコーヒーをそれぞれ食べた。
ある程度食事が終わりそうな時に、翠はずっと気になっていた事を彼に伝えた。
「冷泉様、昨日の話の続きなんですけれど。どうして、私がエメルと呼ばれていたと知っていたんですか?」
エメルと呼んでいたのは、祖母だけだったし、そう呼んでいると知っているのは翠と翠の母親だけだった。この呼び名は誰にも話したことがなかったので、翠はとても不思議に思っていた。
「それに、冷泉様の憧れの人が私かもしれないというのも………。」
そう問い掛けると、色は少しだけ苦しそうに笑うと、「やっぱり覚えてないんだな。」と言った。
自分が何を忘れてしまっているのかもわからずに、翠は困惑してしまう。だが、色はそんな表情を浮かべた翠に「いいんだ。」と優しく言ってくれた。
「もしかしたら、翠が思い出したくない記憶だから忘れているのかもしれない。それでも、話していいか?」
「はい。」
「………おまえの左胸の下にある傷の話に繋がるとしても?」
「………はい。冷泉様と繋がる話なら聞いておきたいです。それに、祖母と離ればなれになった理由も本当は知りたかったので、教えてくれませんか?」
翠はまっすぐに彼の瞳を見つめると、色は少し迷った後に小さくため息をついて「わかった。」と、承諾してくれた。
そして、ゆっくりと過去の話をしてくれた。
色はひとつひとつ丁寧に、そして大切そうに目を輝かせていた。