「話を聞いてほしい。」

 翠が話すのを止めると、唇から指を離して、今度は、翠の手を包むように掴み、指を絡めながら手を握った。翠もグラスを置いて彼の方を見つめ直した。


 「さっき、ギリシャから帰ってきたところなんだ。」
 「え?……お店のオープン決まったんですか?」
 「いや、まぁ……それもたまたま決まってきたんだけど。行った目的は別だ。」


 色がギリシャへ行く目的は、それしか考えられない。翠が不思議そうに彼を見つめると、色はいつものニヤリとした微笑みではなく、優しい微笑みを浮かべていた。


 「おまえがしていたエメラルドの指輪。どこの指輪か知っているか?」
 「……指輪?どこのブランドかとは知りません。刻印も掠れてましたし……。」
 「……おまえが働いてる店、「one sin」が始めは宝石店だったというのは知っていたか?」
 「………入社の研修の時に、そんな話を聞きましたが………っ、まさか…。」


 翠は色が次に言わんとする事を察知したが、それはとても信じられない事だった。こんな偶然があっていいのだろうか?と、目を大きくさせて驚くしか出来なかった。


 「そうだ。あの指輪は「one sin」のオープン当時に発売された物だったんだ。」


 翠は、その奇跡のような偶然を色の声で知り、目を潤めた。
 自分の働いている店が、大好きだった祖母が大切にし続けていた指輪を、作った店だったのだ。
 祖母は、その指輪を旦那さんである祖父に貰った物だと言っていた。きっと、幸せな恋愛をしていたのだと翠は思っている。そうでなければ、あんな幸せな顔で指輪を愛でる姿を毎日見ることは出来なかっただろう。


 「冷泉様、わざわざそんな事を調べていただいて……本当にありがとうございます。自分で選んだ店に、祖母との繋がりを見つけられて、幸せです…。」


 椅子に座ったまま深々と頭を下げると、色は小さく笑いながら「これで終わりじゃないぞ。」と彼は言った。


 「そのエメラルドは宝石店をオープンした時に記念として発売したらしくて、お店の記念日に、そのエメラルドシリーズを発売しているらしいんだ。まぁ、ギリシャ本店だけらしいけどな。」
 「そんなに続いているぐらいに大切にされてる指輪なんですね。」
 「あぁ。「one sin」本店で写真を見せて貰ったが、翠がつけていたもので間違いなかった。」


 色がわざわざ指輪のためにギリシャに行って調べてくれたのがとても嬉しく、その気持ちが彼の微笑みで伝わってくるのが何よりも翠にとって幸せな事だった。
 祖母との繋がりを知り、偶然とはいえ「one sin」で働くことが出来ているのだから、祖母も喜んでくれるだろう。


 「そうだったんですね。ギリシャにいったらその写真も見てみたいです。また、行きたい理由が増えました。」
 「行けるさ、すぐにな。」
 「………そうですね。」


 色はきっとギリシャに店をオープンするだろう。長年の夢と言っていたので、それを彼は必ず叶えると翠は信じていた。そして、願わくばそのお店にも彼と行きたいと思っている。それが、契約の関係の延長だとしても。