『あえっと、叔父の知り合いで…』

『最近偽造会員証使ってる人が多いらしくってさ…。もし僕が、警察官で取り締まってるっていったら、どうする?』

「……」

「出るか?」

「ちょっと待って」

 生島は前かがみになって、スピーカーを睨んだ。

『別に、どうも。私のは本物ですから』

「そこには不安を抱いていないようね。偽物なのに」

 生島はほっとしたように、背を伸ばした。

『ふーん。若いのに、会員権200万はその叔父さんの知り合いが出してくれたとしても、年収1000万超えてないと入れないんだよ、ここ。君は何してんのさ?』

「面倒な相手ねー。でも、三咲を物にしたいと思ってるから言いかがってくるのよ」

『私は会社を…』

『何の?』

『叔父の会社です』

『あそう。じゃあ……』

『なあんか楽しそうにしてますね』

 別の声が加わった。声から年は判断できないが、どうやら三咲の隣に腰かけたようだ。

『随分目を引いたので、吸い寄せられてしまいました。お美しい姫君に、乾杯を』

『ひゃっ!』

「手にキスかな…。これは壁際のカウンターにいたヤツだわ。そんな雰囲気だった」

『あぁ、随分お子様な物を飲んでおられるようですね』

『あまり酔わせてもいけないと思ってね』

 33歳の男と対立している。

『そう、レディが千鳥足で帰るのはよくない。私がお送りしますから大丈夫ですよ』

『ええええ、っと』

『………ったく!!』

 33歳の男は悪態をついて席を外したようだ。

 残ったのはキザな男だが、この分だとホテルに連れ込むのは簡単そうだが、逆に出て来られない可能性の方が高い。

『あ、あのおいくつですか?』

『随分年に拘りますね』

『あ、あのその…その。と、年上でも、年下でも同じなんですけど、その、失礼があるといけないと思って』

 既に随分酔っている。嵯峨も生島も、同時に眉間に皴を寄せた。

『あなたは私がおいくつなら満足ですか?』

『36とか、くらいなら』

 生島もさきほどから静観しているが、さすがに言葉が出ない。

『では私はあなたにとって、36歳の王子様だ。では、お近づきの印にまずは一杯』

 先程のクランベリーカクテルは飲んでしまったのかどうなのか、新しい酒が目の前に来ていたのは間違いないようだ。

『………』

『お口に合いませんでしたか?』

『私、あまりお酒は強くありませんので…』

『ワインはお好きではない。これは失礼。甘めのワインでしたが、次は果実酒にしましょう』

『あ、それなら…』

『果実はどの種類がお好みで?』

『えっと、一通りなんでも』

『ピーチでもいかがです?』

『あはい、全然大丈夫です!』

 そして酒が登場し、

『かわいー』

と、三咲のテンションが上がった。

『まずは私が毒見を』

『……』

 おそらく三咲のグラスの酒を一口飲んでいる。どういう神経だと思いながら、スピーカーに聞き入る。

『大丈夫そうです』

『………あ、ちょっと!』

 三咲の声が急に乱れた。どういう状況か分からず、ドアに手をかけたが、まだ生島は動かない。

『口移しで飲むのが常でしょう?』

『いえ、私はそんなことは……』

『意地を張らずにおっしゃいなさい。あなただって男を探しに来たんでしょう? スイートルームを用意させますよ』

『……じゃあ、そのホテルを見に行くだけ……』

「嵯峨君、行って」

 生島は再び背を伸ばすと、吸っていた煙草を携帯用灰皿に押し付ける。

 嵯峨はドアを開けると飛び出し、大股で走るとすぐに店のドアを開けた。

「中に妻が来ているようだ。探させてくれ」

「えっ、おっ、お客さん!!」

 店員の声も構わず店内に押し入る。

「おい!」

 既に席を立とうとしていた三咲を見つけるなり、軽く張り手を食らわした。三咲は想像以上に派手に倒れ、慌てて抱き起す。

「失礼。俺の妻が邪魔をしたようだ」

 そうしっかり言い、顔を隠すように抱き寄せて店の外へと向かう。

「酒代は?」

 と店員にしっかり聞き、お代は全て男性様がお持ちです、と聞くなりドアを開けて出た。

 とりあえず、引きずるように歩き、後部座席に押し込む。三咲はそのまま倒れ込んでしまったので、その上で自らはこいンパーキングを清算し、運転席に乗った。

「大丈夫ー?」

 生島はシート越しに半分心配そうに聞く。

「めちゃくちゃ怖かった……」

 喋れるくらいの元気はあるらしい。俺もどっと疲れを感じて、エンジンをかけた。

「スイートルームの男が怖かったの?」

 生島は前を見たまま聞く。

 だが返って来た言葉によって、彼女は腹を抱えて笑ってしまう。

「嵯峨さんが殴ってきたのが、一番怖かった。作戦が失敗しすぎて我を忘れたんだと思った」




「んな強く殴ってねーだろ……。はたいただけだ」

「何で叩くんですか!? 意味あります!?」

「あの場でアドリブの妻ですっつったって、お前がきょとんとして周りが不審に思うのが見えてた。だからあえて殴って顔隠したんだよ……」

「でもそれ正解だよ。三咲ちゃん。そういうのはあぁいう店ではよくあること。もうあの店には行けないけど、あれでいいのよ。会員証も偽装だしね。それよりも、スイートルーム見に行くだけってのは、まだ早い。あのまま行ってたら、泣き寝入りだったわよ」

「…………」

 生島の声は聞こえているはずだが、返事をする気にはならなかったらしい。

「……ねえ、三咲ちゃん。今好きな人いる?」

「……わかんないです」

 酔いが回っているのか、相手が生島だからか素直に喋っている。

「好きかどうか分かんないってこと?」

「……多分……。なんか、すごく安心できて、頼れる人なんですけど、恋愛的に好きなのか、どうなのかはよく分からなくて。それに、私が好きだと自覚しても、きっとスル―されるだろうし」

「……うまくいくはずのない恋って事なのかしらね」

「そうだと思います。ずっとそう感じています」

 強く言い切る具合を見て、それほど心を奪われていたことに驚いた。

「………。あのね、すごく大事な事なんだけど。聞いてもらえるかしら?」

 生島は随分溜める。

「……………、はい……」

 三咲も返事を待たれていることをきづいて、声を出した。

「男相手に潜入捜査をしながら、同時にプライベートで好きな人は追えないの。それはもう決まってるの」

「……」

「その人が三咲ちゃんのことを大事に想ってないなら、今諦めなさい」

「そんなことはないと思います!」

 三咲は起き上がった。

「私のことは絶対大事にしてくれています!」

「じゃあなんで結婚しないの?」

 随分ストレートを投げ込んだ。三咲の負けだ。

「男性は大事な女性とは結婚したい、一生自分が護りぬきたいと思うものなのよ。その人は何故、三咲ちゃんを物にしないの?」

「………それは……色々あって……」

「所詮、それ程度なのよ」

 嵯峨は溜息を吐いた。またその穴埋めを自分がするのかと思うと、嫌になる。

「その人とはもう連絡とっちゃダメ。いい? まさか、その人は三咲ちゃんが潜入することをしってる人じゃないわよね、嵯峨君とか」

「絶対違います!!」

「潜入するということは、他の男に抱かれるということ。それを承知の上で、あなたを心底好きになってくれる人はいない、そういうものなのよ」

「………」

 さすがに返す言葉はない………。

「また終われば違うさ」

 そういう宥めも必要だ。

「そんじゃそこらの男はダメだけどね。嵯峨君くらいの男なら、大丈夫かもしれないわね」

 生島はふふんと笑う。

 だが、その笑いは到底三咲には届いていなさそうだった。