「なんか昨日の爆発凄かったらしいですね。出来たばかりの水族館が標的だなんて」
愉快犯が手作り爆弾を爆発させるというセンセーショナルな話題も、Q課には関係がない案件なので、三咲は出来上がった報告書を送信しながら、隣の席の嵯峨に話しかけた。嵯峨がデスクにいる時は、本当に仕事をしているタイミングなのだが、手が止まっていたのでとりあえず話しかける。
ふと、思考が途切れた嵯峨は
「手作り爆弾だが威力がハンパない。相当な専門知識を持った者らしいな」
内ポケットからタバコを取り出すと、すぐに火をつける。ここは一応禁煙だが、換気扇の真下にある嵯峨のデスクの灰皿は吸殻で盛り上がっている。
そこに更に灰を落とすので、灰皿から零れて机や床にまで落ちる。
それを見て見ぬふりができなかった三咲は、ゴミ箱を取って来ると、さっと灰皿の吸殻を捨てた。
「あぁ……悪い」
口にくわえながらもごもごと喋る。
「ここ、禁煙ですから火は絶対消してくださいね。……コーヒーの缶、空だから捨てますね。空き缶集めてお金にしてるわけじゃないんですよね?」
「………」
無言で火を消しながら、煙を吐いているものの、顔は笑っている。
ヨシというサインだろうと、一応缶やボトルの中身を確認して、捨てていく。
「……嵯峨さんの部屋ってどんなんですか?」
「…片付いてる方かな」
「だったらここも片付けて下さいよ!」
三咲はウェットティッシュを取り出したが、特に嵯峨の反応はない。
「まあ、ここは仕事をするスペースだから…」
「他の人には関係ありませんもんね。でも気になりますから、勝手に掃除します。デスクは私物じゃありませんよ」
と、デスクに触れた瞬間、
「全員集めてくれ」
鏡が顔色を変えて部屋に入ってきた。
その様子から、ただ事ではないと伝わってくる。
三咲はウェットティッシュをそのまま机の上に放置すると、鏡の周りに集まった。山本以外の者は全員出社している。
「山本は既に爆発処理班と待機している」
「え?今日非番じゃ…」
桐谷が真っ先に口を開いた。
「昨日の水族館爆破事件の爆発物と同じ物を湊区の廃倉庫に仕掛けたと犯行声明文が送られてきた。
爆破までに山本1人で倉庫内を探し当てられれば爆破は免れ、できなければ爆発。他の者が探した場合も踏み込んだ時点で爆破と予告されている。しかも、爆破予定時間は不明だ」
鏡は手にしていた犯行声明文のコピーを皆が見えるように、パサリと机の上に置いた。
「山本さんは処理のプロじゃない。見つけたところで犯人が遠隔操作でバン!ということは?」
桐谷の問いに鏡はあっさりと
「あり得る。これは、山本への怨恨の可能性が高い」
更に鏡は手に持っていた小さなメモリースティックを机の上に置いた。
「一緒に送られてきた、婦女暴行の動画だ。被害女性は、先日の女性警官2人」
「…………」
一斉に静まる。
三咲は痛いほどの無の視線を浴びかけられていることを悟り、足元を見た。
「爆発した場合はこの動画をネット上に流すとも書かれていた」
「その中に三咲は?」
三咲は嵯峨の靴を睨んだ。
「いない。生活安全課と交通安全課の2人だ」
そして、鏡の声も揺るがない。
「………」
「三咲、お前は捜査から外れろ」
「え……」
ただ鏡の無表情が目に入る。
「今回山本が被害に遭ったのは、三咲の護衛についていたからだと思われる」
ハッと気付いて茫然となった。護衛って……護衛って……。
「犯人は、連続暴行犯と同一人物という可能性が高い。その上で山本が狙われた。
となれば、理由は1つ。三咲と親密になった所を見た犯人が、山本への逆恨みで犯行に出た」
「…………」
「三咲はむしろ被害者だ」
みんながさげずんだ目で見ている。
そんな、私は被害者じゃない!
私は関係ないのに、なんで山本さんが……!!!
「三咲」
突然鏡の声がはっきり聞えた気がして、怯えながらその顔を見た。
「犯人逮捕に協力してくれ」
取調室を使えば、何かあったと勘違いされるので、会議室で話をすると了承した。
嵯峨は、手ぶらで椅子に腰かける。三咲も面と向かって腰かけた。
挟んでいるのは、50センチほどの長机。相手の顔がよく見える。
「私には、何故港区の倉庫だったのか全く分かりません」
気配で、嵯峨がちら、とこちらを見たのが分かった。聞きたかった質問の1つのようだ。
「その……」
「……」
「あの……」
「……」
「えっと」
その次が続かない。
「鏡警視からは、文書では残さないようにと言われている。最大の配慮だ。感謝した方がいい」
嵯峨は鏡の前で堂々と言い切る。
「…………はい………」
ありがとうございます、の一言が出せるような気力はない。
「……」
でも、私が何か言わないと、先には進めない…。
「その……、でも私は……」
「……」
「じ、事実は言いますけど……。自分のことを被害者だとは思っていません……」
「……」
両者はそれには何も反応しない。どうでも良かったのかもしれない。
「その……何がどう、というところは分かりません……。
あの時の記憶は消そうと努力してきたし、思い出したくもありません……」
「………。では聞く。犯人は間違いなく男だったか?」
嵯峨の言葉は完全な取り調べではなく、少し余裕があるものの、容赦はない。
「…………。だと思いましたけど、その時は。だけど、私は……その……あの……」
「…………」
「他に経験がないので、分かりません」
思い切って、目を閉じて、歯を食いしばって言った。
きっと、そうだったんだ、とか。まさか、とか、へえーとか思われたに違いない。
しかし、
「……」
嵯峨の空気は特に変わらない。
「体格や、声からは」
淡々と質問をぶつけてくれて、助かる。
「男だと思います」
「拘束されたりしたか?」
「腕で……とにかく、身体が大きかったと思います……。でも、……」
嵯峨くらいかもしれない。
ちら、と肩幅を見て思う。
「……」
でも、細身の桐谷くらいかもしれない……。
「話はしたか?」
「全然。声も出さなかったと思います………」
「匂いは?」
「……あ、なんか消毒液みたいな……それは、なんか布みたいなのに含まれてて、それを嗅がされて頭が痛くなって。次にそれを口に入れられて上からタオルも押し込まれて……」
「オキシドールか?」
「………のようなにおいでした」
「意識が朦朧としたりしたか?」
「最初はそんな気がしました。だけど……途中からは意識がハッキリしたんですけど……」
「……」
「動けなくて……」
「……辛かったな」
思いがけない言葉が降って来て、涙が勝手にあふれ出た。
辛かった……私はきっと、辛かったと思う。
「……考え……ないようにしてました。何も、……忘れたことにしてました……。だけど怖かったから……1人でいるのが怖かったから……。山本さんの優しさに、甘えて………」
自分のせいだとは思いたくない。
山本が、今も厳しい状況に立たされているなんて、それが私に優しくしたせいだなんて!!!
「……助けに……」
「……」
「助けに行ってもいいですか?」
ふっとひらめいた。
「私、思うんです。きっと私がいれば爆発しないんじゃないかって」
その自信があった、だが、
「過信するな」
鏡がぴしゃりと言う。
だが、嵯峨はそれには返さず、
「事は荒立てない方がいい。だが、じっとしておくのも意味がない」