「ご、ごめん。変なわがまま言っちゃって。気にしないで」
 慌てて両手を振ると、倉持くんは黙り込んでしまい、二人の間に気まずい沈黙が流れた。なんとか私は話題を変えようと、
「何の餌を買ったの?」
 と聞いてみた。

「まぐろとカツオの缶詰。あいつ、あれが好きなんだ」
 倉持くんの少しだけ声色が明るくなって、私はホッと胸を撫で下ろす。そのままいつも茶トラの猫を見かけるところまで歩いて行くと、茶トラの猫を探し始めた。

「あいつ、警戒心が強いから。そこで少し待ってて」
 私は倉持くんに言われたとおり、距離を置いて様子を見守ることにした。
「おい、来たぞ。出てこい」
 何度か倉持くんが声を上げると、電柱の影から、そーっと茶トラの猫が姿を現した。

「にゃあ」
 茶トラは環の姿を確認すると、倉持くんのズボンに体を擦りつけ、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。よほどなついているらしく、何度もにゃあ、と鳴いている。倉持くんも口許を緩め、しゃがみこむと猫の体をそっとなで始めた。

「うわあ、可愛い」
 あまりの可愛さに私が思わず声を出してしまうと、猫は私の気配に気付いてしまったらしい。ハッとして私の方を見つめたかと思うと、どこかの物陰に逃げていってしまった。
「えっ、うそ」
 まさか声を上げただけで逃げられてしまうなんて。あまりの警戒ぶりに落胆を隠せず、その場で肩を落とす。倉持くんは小さくため息を吐いて立ち上がり、私の方まで歩いてきた。

「とりあえず、餌だけ置いて様子を見よう」
「……うん」
 倉持くんがいつも餌を置いているという場所にコンビニで買ってきた餌の缶を置く。少し離れた場所から二人で猫が出てくるのを待ったけれど、倉持くんが一緒でも結局その日は姿を現してくれなかった。