「倉持くんって、優しいんだね」
 何気なくそう言うと、倉持くんは驚いて顔を上げ、
「べ、別に優しくなんてない」
 と強く否定した。よほど恥ずかしいのか、みるみるうちに耳まで赤くなっていく。

「私が近寄ろうとしたら、あの猫すぐ逃げちゃうもん。きっと倉持くんが優しいから、あの猫も懐いてくれたんだよ」
「ぐ、偶然だ」
「ふふ、素直じゃないんだね」
 
 倉持くんはふてくされてしまい、眉間に皺を寄せた。
「うるさい」
 猫に懐かれるとどんな感じなんだろう。倉持くんと一緒なら、あの猫と仲良くなれるかもしれない。そう思って、

「ねえ、私も猫を見に行ってもいい? 」
 と言うと、倉持くんは考え込むように少しの間、沈黙した。
 ……やっぱり、駄目かな。初対面の人にいきなりお願いされても困っちゃうよね。
 
 でも、倉持くんは、仏頂面だったけれど、
「別に、良いけど」
 と言ってくれた。
「本当? ありがとう!」
「あの路地の近くにコンビニがあるだろ。あそこで明日、放課後待ってる」
「うん、分かった!」
 
 猫に会えるかと思うと今から楽しみだ。思わず顔がにやけてしまう。そんな私を見て、ベンチから倉持くんは立ち上がり、公園の時計を見た。
「そろそろ帰った方が良いよ」
 倉持くんが公園の時計を指さした。針は「五時半」を指している。
「うそっ、もうこんな時間!」
 確かに、いつの間にか日は傾き、辺りがどんどんと薄暗くなっていた。早く帰らないとお母さんが心配する。

 二人で公園の出口を出ると、倉持くんは一度立ち止まって私の方を見た。
「……助けてくれてありがとう」
「ううん、無事で良かった。また、明日」
 私が微笑むと、倉持くんは再び顔を逸らし、さよならも言わないでそのままくるりと私に背を向けて走っていってしまった。
 
 ――倉持くん。何だか不思議な子だった。でも、悪い人じゃなさそうだ。違う学校だけど、友だちになれたら良いな。そんな風に思いながら、街灯がともった街の中を歩いて家へと帰った。