「亡くなった黒木(クロキ)さんに黙祷を捧げましょう」
体育館にいる全員が目を閉じる。
どうして、和奏(ワカナ)ちゃん…。
どうして、自殺なんて……。
目を閉じながら、私は亡くなった黒木和奏ちゃんのことを考えていた。
和奏ちゃんは、私のクラスメイトだった。
和奏ちゃんと初めて喋ったのは、遠足の班決めのときだった。
人見知りの私は、高校に入学して一ヶ月経っても、なかなか友人ができなかった。
周りの人達が次々と班のメンバーを決めていく中、私は一人だけ余りそうになってしまった。
そんなとき、和奏ちゃんが話しかけてくれたのだ。
「ねぇ、一緒の班にならない?」
春の小鳥のさえずりのように可愛くて綺麗な声で、和奏ちゃんは言った。
「い、いいの?」
「うん。私、ずっと小山(コヤマ)さんと話してみたかったの。あ、もしかしてもう別の子
と班つくってたり…?」
「う、ううん!まだ決まってない」
「よかった」
和奏ちゃんが笑った。
彼女の烏の濡れ羽色の髪が、揺れる。
綺麗だなあ……。
私は、和奏ちゃんのその髪に目を奪われる。
「ん?どうかした?」
「あっ、ううん!なんでもないの」
「そう?あ、じゃあ班の役割分担決めるから、こっち来てくれる?」
「うん!」
それから、私達はよく喋るようになった。
和奏ちゃんは可愛くて頭もよくて歌もうまくて、クラスでもみんなから好かれていた。
そんな和奏ちゃんと友達になったお陰か、私は徐々に他のクラスメイトに話しかけられるようになったのだ。
可愛い声と高い歌唱力を持つ和奏ちゃんは、合唱部に所属していた。
一年生のときソロパートを任されたこともあり、合唱部の期待の星だと言われていた。
二年生になってからは合唱部の部長となり、秋にある大きな大会に向けて練習をしていた。
また彼女と同じクラスになった私は、
「絶対大会見に行くからね!」
と約束をしていた。
そして、これから合唱部の練習も本腰に入っていくはずだった夏休み。
プルルルル
突然、家に電話がかかってきた。
お母さんが受話器を取る。
電話を終えたお母さんは、暗い面持ちで私に話しかけた。
「美鳥(ミドリ)…クラスに黒木さんっていう女の子がいるでしょう?」
「うん、いるけど…それがどうかしたの?」
「黒木さん……亡くなったんだって」
「え…?」
お母さんの言っていることが、最初は全く理解ができなかった。
和奏ちゃんが、亡くなった?
「お葬式は親族だけで行われるそうだから…」
お母さんが何かを言っているが、私の耳には入ってこなかった。
脳の処理が追いつかない。
どうして、和奏ちゃんが……?
もしかして、私達にも言えないような病気を患っていたとか?
それとも、部活に行く途中に自動車に轢かれてしまったとか?
外に出ただけで全身を焼かれるような日射しで倒れそうになるこんな季節だ、もしかしたら熱中症で?
私は、色々な可能性を考えていた。
しかし、登校日に担任の山崎(ヤマザキ)先生から聞かされたのはどれでもなかった。
和奏ちゃんは、自殺だったのだ。
そうこう考えているうちに黙祷と全校集会が終わり、私達は教室に戻らされた。
「黒木が何か悩んでいたとか、誰かにいじめられていたとか、不審者に付き纏われていたとか、他にも何か些細なことでいい。知っていることがあったら、書いてほしい」
そう言って、先生は私達にプリントを渡した。
私は、そのプリントに字を埋めることはできなかった。
他のみんなも、そうだった。
和奏ちゃんはみんなと仲が良くて、部活でも活躍していた。
和奏ちゃんに何か悩み事があったとか、誰かに嫌がらせを受けていたなんて心当たりは全くないのである。
しばらく、私達のクラスは重くて暗い空気が漂っていた。
みんなに好かれていた和奏ちゃん。
特にクラスの中心という存在ではなかったけれど、いつも笑顔でみんなに優しくしてくれた。
そんな彼女が突然自殺したのは、かなりショックだった。
数日後のこと。
隣のクラスの遠藤(エンドウ)さんが、私のクラスに訪れた。
一度も話したことはないけれど、和奏ちゃんと同じ合唱部なので、和奏ちゃんの話に何度か出てきたことがある。
「えっと…あなたが小山さん?で合ってる……?よね?」
突然、彼女に話しかけられた。
「……え?わ、私?うん、私が小山だけど…」
私は、少し反応が遅れてしまった。
一度も話したことないのに…なぜ私?
「実は、あなたに合唱部に入ってほしいの」
遠藤さんはそう言った。
「え!?」
「小山さん、まだ部活入ってないでしょ?」
「どうしてそれを…」
私は彼女のことを知っているが、彼女は私のことをあまり知らないはずだ。
それなのに…。
「ちょっと話が長くなるから今は言えないんだけど…放課後、時間あるかな?」
「特に用事はないけど……」
「よかった!じゃあ放課後、旧音楽室に来てね!じゃあ!」
そう言い残して、遠藤さんは自分のクラスに戻っていった。
「え、ちょま…」
私は立ち上がり「待って」と言おうとしたが、その前に授業が始まるチャイムが鳴ってしまう。
仕方なく、私は座り直した。
どうして、私なんかを誘ってきたのだろう。
私は特に歌が上手いというわけじゃないし、和奏ちゃんのようにいい声をしているわけでもない。
それに、帰宅部の人なんて他にいくらでもいるはずだ。
その中で、わざわざ私に勧誘してきた理由って……。
考えても考えても、答えらしいものは浮かばなかった。