「あーあ、疲れたな…」
思わず声に出した。
「お疲れ様、真田先生もう遅いからいいよ」
目をギラギラさせながら、パソコンに集中している真田先生に私は優しく言ってみた。
「ほんと、美園先生は優しいですね。才色兼備だし」
「ちょっと、褒めてもなんも出ないわよ」
私は、まんざらでもない表情で、笑いかけた。
「美園先生、ちょっと聞いちゃっていいですか?」
急に目つきと顔つきが変わった。
「ん?何?」
「美園先生は、そ、その、社長と付き合ってますか?社長は、お姉さんの恋人ではないですよね?」
私は瞬時に思考回路が停止した。頭の中のネジが、外れかけた。
「えぇーどうして?付き合ってないよ」
柔和だった態度を一変させた。
心と身体の動揺を悟られないように、私は女優になりきった。
「じゃあ、僕にもチャンスありますか?」
不敵な笑みを浮かべる真田先生。
「へ?どういうこと?」
真田先生が、私の元へ一歩ずつゆっくり近づいてきた。
後ずさりしてく私。
その時、勢いよく、目の前に真田先生が現れた。
ドン
ドン
な、なにこれ?
壁ドンってやつ?
や、やばい。
どうしよう?
私の心臓を鋭い刀が通り抜ける。
体がビクビク震える。
「美園先生、ちょっと、後ろ向いて下さい」
「え?」
「ほら、やっぱり、クリーニングのタグついたままですよ。ほら…」
「えぇーえぇーは、恥ずかしい」
私は全身の力が抜けて、その場にドシンと座り込んだ。
「うぅぅぅーやん」
体操座りになる私。
「あははー可愛いですねー」
「ちょっともう、やだやだ、真田先生なんか知らない。もっと早く言ってよ」
私は不覚にもドキドキしてしまった。
愚かな私。
情けない…
「お疲れ様、もう早く帰って帰ってー」
私は赤面しながら、真田先生を追い出す。
「はいはい」
軽くあしらわれる私。
「あーあーあ、ちょっと、明日って奥様、日勤?夜勤?」
「日勤です。何か?」
「そうなんだ、なんでもない。お疲れ様でした。また明日ね」
私はようやく本来の自分を取り戻してきていた。