すると、人の気配が動いた。
足音がすぐそばまでやってくる。
急いで寝たふりをするためにぎゅっと目を閉じた。
いきなり冷たい手がピタッと私の額に当てられて、飛び上がるほど驚いた。
「きゃあ!!」
「うわっ!!」
ほぼ同時にお互いが声を上げて、瞬時に身体を起こした私はあんなに躊躇っていたのに後ろを振り返った。
上下ライトグレーの作業着に身を包んだ男の人だった。
頭には白いタオルを巻いていて、マスクをしているから口元は見えないけど、唯一むき出しになった細めの目は見開いていて、私を見つめている。
「─────あの、誰ですか?」
着ていたはずのウールコートがないことに気づいて、何が身体にかけられていたのかをよくよく見下ろすと、どうやらブラックのダウンジャケットらしきもののようだった。それで身体をくるんで思わず尋ねてしまったのだが、唐突すぎたようだ。
「誰ですか、じゃねぇだろ」
彼の目に怒りの火が灯る。
導火線に火をつけてしまったらしい。
「あんたがどこの誰かはどうでもいいが、迷惑なんだよ、こういうの」
「えぇ!?」
だって、覚えてないんだもの!
どうして私がここにいるのか、ここがどこなのか、この人が誰なのか、さっぱり分からない。
怒った口調のその人は、ドスンと私の向かいに置いてあるパイプ椅子に腰かけると、脚を組んでこちらを睨んだ。
「酔っ払いの相手してるほど暇じゃねぇんだよ」
「………………もしかして私……何かしでかした、とか?」
「舗装したてのアスファルトに寝てたんだよ」
「……は!?」
なんだって?
そんな漫画のような迷惑行為を、私がしたって?
呆然としつつ口をぽかんと開けて彼を見るが、彼の目はとても冷たい。なんというか、こちらを蔑んでいるような。
居心地の悪い視線をひたすら送ってきている。