恥ずかしいことに私は、恋をしたことがない。


いいなと思った子はそれなりにいたけれど、
どれも憧れの対象とはかけ離れていた。


どうやって恋をしたらいいのか、私は分からない。


だから私の書く恋愛小説は、全てが妄想だ。


こうだったらいいなとか、
こんなものかなとか、そんな感じ。


いつか本当の恋をしてみたいとも思うけれど、
まだ早いような気もする。


貴子や周りの友達はみんな恋をしている。


その話に入っていけないのは辛いけれど、
みんなの話を聞いているのは楽しい。


自分の小説のネタにもなるしね。


そんなみんなと私は別の生き物なんだと
痛感する時は胸が痛んだ。


恋を描くのは難しい。


行き詰まっていると、ふと珀が気になった。


珀はどんな恋をしていたんだろう。


梨花との恋は、すごく特別なのは分かる。


それ以外に珀は恋をしたことがあるのかな。


じっと黒板を眺めている珀の横顔を見る。


相変わらず綺麗な目。


きっと珀のことを好きだった女の子、
いっぱいいるんだろうなぁ。






放課後になって、私は急いで帰り支度をした。


貴子に喫茶店に寄らないかと誘われたけれど、
丁寧に断りを入れる。


逃げるように私は足早に学校を出た。


〈いいのか、貴子ってやつ〉


「いいの。今日は本屋に行くんだから」


〈へえ。そんなに俺の小説が読みたいのか〉


にやりと笑う珀を見て、大きなため息が出る。


この人はもっと紳士的だったらよかったのに。


いい人だと思った矢先にこういう顔をする。


なんだか馬鹿にされているような、
子ども扱いされているような気がしてしょうがない。