先生はめんどくさがり。




下に降りると、伊藤先生とアミ先輩は先に帰ったらしく、私は白浜先生の車で送ってもらうことになった。



車の中はシンと静まっていて、一緒にいるのに寂しかった。


…手を伸ばせば、すぐに届くのに。





「先生…好きです……」





車のウィンカーの音を遮り、私の声とウィンカーの音が車のの中に響く。





「…うん。知ってる」





少し沈黙のあと、先生がそんなことを言うから、また好きが溢れた。





次の日、学校へ行くと私は真っ先に数学準備室に向かった。


ガラガラっと勢いよく扉を開けると、中には伊藤先生と白浜先生がいる。





「ノックして失礼しますと言えなくなったの?」



勝手に入ってきた私に、先生は冷たくそう言ってこっちを見る。





「…私、先生のこと諦めない!」


「は?」


「これから毎日先生のこと好きって言う!絶対両想いになるように、頑張る!」





私は決めたんだ。


それに、もう後悔はしたくない。



後悔するならやってから。


そしてやれることは、とことんしたい。





「まあ、無理だと思うけど」





だけど、先生は相変わらず冷たい。


もしかしたら日に日に冷たさが、増してるかもしれないってくらい。





「頑張れば」





でも、冷たくしても。


最後はいたずらっ子みたいに笑って、そう言うの。



だから、好きがやめられない。



「江夏がんばれよ」





先生の隣に座っていた伊藤先生も、そう笑って言ってくれた。





「はい!失礼します!」





だから私はもっともっと、強くなる。


強くなって、必ず幸せになるんだ。



先生達に頭を下げて、ここから出ようとした時。


大好きな声が私を止めた。





「恋」





学校なのに呼ばれる下の名前。


不意打ちも、その声も、呼び方も全部好き。





「ん?」





だから私も、余裕ぶってしまう。


本当は心臓はち切れそうだけどね。





「数学。よく頑張ったな」





そして、さらに私を沼へと誘い込む。


もう、好きが溢れて止まらなくなるよ。





「やればできるもん!」





褒められたことが、死ぬほど嬉しいけど、このままいればまた先生に溺れてしまうから。


私はそう言って、数学準備室を出て行った。







2月。


女の子達が張り切る時期がやってきた。





「もうすぐバレンタインだね」


「そうだね」





そう。


バレンタインです。



先生はチョコ派かなあ。


クッキー派かなあ。





「甘いもん嫌い」


「ええ?!」





って、こんな感じです…





「じゃあコーヒーゼリーとか?」


「はぁ…別にバレンタインだからってチョコ渡すとか、どうでもよくね」





ドライすぎます。


先生。



だけど私は諦めないよ!





「でも1年に1回だから作りたいんです!」


「だから…」


「先生にもらってほしいの!」


「の?」


「あ、もらってほしいです!!」



「はあ……勝手にすれば」





その返事は、作っていいよってことですよね?


もらってあげるってことですよね?





「やったあーーー!!!」


「うるせーよ」





数学準備室で、小テストの丸つけをしている最中の先生。


少し邪魔したけど、いや、少しどころじゃないけど…





「失礼します!」


「気をつけろよ」





なんか今の私、この前の私と全然変わった気がする。



なんてゆうか。


メンタルがすごく強くなった。



色んな意味で。



気分絶好調で靴箱へ行くと、私の靴箱の前にクラスメイトのミヤちゃんが立っていた。





「あ、恋!」


「ん?どしたの?」


「ちょっと聞いてほしいことがあって…」





そう言って俯くミヤちゃん。


聞いてほしいこと?私に?





「なんかあった?」





そう優しく聞くと、ミヤちゃんは顔を上げて真剣に話し出した。





「もうすぐバレンタインじゃん…?好きな人に渡そうかな、なんて思ってて…さ」


「うん?渡さないの?」


「恋は渡す?」





え、私?


渡すよ。


渡すに決まってるじゃん。


さっき了承得てきたところだよ。





「渡すよ!」


「……それって、啓太くん?」



「え?!啓太?!」





思わず吹き出した。



啓太?


たしかに毎年あげてるけど、それはもう習慣みたいなものだから…なんて言うのかな…





「啓太にもあげるけど、啓太は本命じゃないよ?」


「え?本当?」


「うん。どうして?」





私がそう言ったら、また俯いた。


あ、もしかして…





「私、啓太くんのこと好きなんだ…」





そう言って少し照れたように笑うミヤちゃん。



恋する女の子の顔だ…


すごく可愛い…



だけど、なんだろう。


この複雑な気持ちは。





「それで、恋が啓太くんのこと好きって思ってたから…ごめんね。変なこと聞いて」



「全然!そっか。啓太か」


「それでね。少し協力してほしくて」


「協力?私ただの幼馴染みだよ?」





もちろん、ミヤちゃんのことが嫌いなわけじゃないし、でることなら応援したい。



だけど、私は啓太の気持ちを知っている。


そんな中で、そんなことしたら…





「啓太くんの眼中に入ってないことはわかってるの。でも…好きだから……」





そう言われた時、私と重なった気がした。



好きな人の眼中にも入れない気持ち。


それはもう痛いほどわかる。





「渡す時、見守っててほしい…な…」


「そんなのでいいの?」


「うん。渡せるだけで十分だからっ」





ミヤちゃんが羨ましい。


私なら、もっと欲張ってしまうから。



「ごめんね。引き止めて」


「ううん。全然」


「じゃあまた明日ね。本当にありがとう!」





そう言って手を振って帰っていったミヤちゃん。



私、大丈夫だよね。


啓太のこと、傷つけたりしないよね。





「……わかんないや」





ボソッと呟いたその言葉は、誰にも届くことも聞こえることもなく、スッと消えていった。





そして、2月14日。


バレンタイン当日。



啓太といつものように一緒に行くけど、校門を通り過ぎたあたりで両手にはたくさんの紙袋。


先輩、後輩、同期…構わずモテモテの我が幼馴染み。



年々増していくモテ度…恐るべし…