「…うん…いいよ」



 カチャと暗がりに音がする。
 闇の中に先生の薄手のスウェットの上に羽織った白っぽいカーディガンが浮かび上がる。


「大丈夫?」

「…うん」


 さくさくと衣擦れの音がして、先生が近付いてくる。
 先生がベッドサイドに膝を突いて私を覗き込むと、ようやく表情が見えた。


「何か話でもしようか?」

「…ううん。大丈夫」


 私は枕の横にそろりと手を置いた。先生がその手を握る。


「前にもこんなことあったな。覚えてる?」

「…うん」


 両親に進路希望が分かってもらえず家を出た日の夜。
 先生の部屋で私が眠るまで手を握り傍に居てくれた。


「…先生の手あったかい」

「こんだけ冷たくちゃ眠れないよな」

 先生がふっと笑う。


「…先生、寒い」

「ちゃんと布団入って」

「ね、先生もこっち来て」

「え…?」


 先生の唇が止まる。


「先生…」

「…駄目だよ、南条。もう寝なさい」

「…うん」

「……」


 夜の帳の中でふたり黙り込む。ただ握り合った掌だけが温かい。


 ふたりきり、こんな近くに先生がいて、こんなに静かでこんなに暗くて。

 …緊張しちゃうよ。


 でも…

 そんな緊張どうでもいいくらい、それより今はどうしようもなく欲しいものがある。

 緊張し過ぎておかしくなっちゃったのかな?私。


 でもね。

 先生が欲しいよ。
 全部私のものにしてしまいたい。誰も先生と私を引き離すことが出来ないように。
 先生と私の間を埋める空気にさえ嫉妬するくらい、もっともっと傍にいたい。いっそこのまま、溶け合ってしまいたい─