今まで、生きる意味を見つけられず、お母さんを殺してまで生きる価値があたしにあるのかさえ分からなかった。
だけど、この1年間で変われた。生まれてきて良かったと初めて思えた。生きていることに幸せを感じられた。
「あたしね、お母さんに会えたら、言いたいことがあるの」
1番に伝えたい。
お母さん、ありがとうって。
あたしを生んでくれて。
あたしの命を守ってくれて。
小さくて脆い、いつ消えてもおかしくない命を救ってくれてありがとうって。
それから、素敵な名前をつけてくれてありがとうって。
あたし、ちゃんと"希愛"になれたよ。
たくさんの希望を持って、誰かからの愛をたくさん感じることができた。
それは、お母さんがいてくれたからなんだよ。
「はやく、伝えたいなぁ…」
「母さんは、まだ聞きたくないって思ってるぞ」
微笑むお父さんに、にっこり笑い返した。
「あたしね、お父さんにも伝えたいことがあるの」
「なんだ?」
「その、…ごめんね」
今更だけど。
どうしても謝りたかった。
昔、酷いこと言って。
お父さんの言葉、1つも信じてあげられなくて。
颯斗の時もそう。
あたしのことを1番に考えてくれていたのはお父さんなのに。そんな思いに気づいてあげられなくて。
「いっぱい、酷いこと言ってごめんね……」
「もういいよ。お父さんの方こそ、ごめんな」
そっと頭に触れる、大きな手。
親の温もりとはこういうものをいうのだろうか。
心が温かくて、とても不思議な感じ。
「こんなにも幸せな思いになるなら、生まれてきて良かった。生きて良かったなぁ」
神様があたしに与えた幸せは、きっと僅かなものだろう。
だけど、あたしにとっては十分すぎる幸せだった。
「お父さん……大好きだよ」
「お父さんも、希愛が大好きだよ。生まれてきてくれて、ありがとうな」
『生まれてきてくれて、ありがとうな』
その言葉はあたしの中に深く刻み込まれた。
こんなに脆い命でも、感謝されるなんて思ってもみなかった。
「父さん、ちょっとお茶買ってくるから」
そう言って、逃げるように病室を出ていった。
もっと、話したいことあったのになぁ。
ちょっと残念だけど、もう、いいかなぁ。
どれだけ話しても、満足なんて出来ないもん。
体力がだいぶ落ちたせいか、はしゃいだせいか、軽く目を閉じただけで、簡単に眠りについた。
「ふぁ〜…」
……だるい。
夏休みだと言うのに、午前中は補習が続いている。
こんなことするよりも、希愛のところに行った方が絶対にいい。
どーせ、授業なんて頭に入らないんだから、受けても受けなくても同じだろ。
補習は午前中で終わり。
1限目が終わり、あと1時間か…と、時計を眺めていると、突然ポケットに入っていたスマホが震えた。
取り出し、画面を見るとおじさんからだった。
と、言うことは希愛のことだろうと思い、スマホを片手に教室を出る。
「はい?」
画面の向こうからは、すすり泣く声が微かに聞こえた。
なぜか、胸の辺りがざわっとした。
『颯斗くん。希愛が───────……』
……え?
今、なんて…?
「…希愛っ!?」
学校を飛び出すと、急いで病院に向かった。
ベッドには、いつもと何一つ変わらない希愛の姿。
「なぁ…。いつまで寝てんだよ?なぁ、目覚ませよ。約束しただろ…?……希愛っ!」
いくら呼びかけても、ピクリとも動かない。
「颯斗くん、希愛はもう……」
いつかは来ると分かっていた。
覚悟だってするように言われていた。
だけど、いくらなんでも突然すぎだろ…。
昨日まで元気だったじゃねぇかよ…。
なんで……っ。
「俺、まだ、お前に伝えたいことあんだよ…。頼むから、目、開けてくれよ……」
希愛の右手を掴み、必死に叫ぶ。
いつもは温かい希愛の手。
それなのに、こんなにも冷たくなってるなんて…。
『颯斗くん。希愛が亡くなった』
電話越しで聞いた、おじさんの言葉。
その言葉は聞き間違いじゃない。
今、目の前で起こっていることは、全て現実だと実感する。
「8月8日10時39分、希愛は苦しまずに逝ったよ。昨夜、希愛は笑顔で言っていた。『生まれてきて良かった』と。それは、颯斗くん、君がいてくれたからだよ。本当にありがとうな」
苦しくて、胸が張り裂けそうだった。
どうにかなっちまいそうだった。
「お礼言われるようなこと、なんもしてないです……。逆に、俺の方が感謝してますよ」
何もしてやれない、こんな俺を希愛のそばにいさせてくれて。
希愛にとっての大切な人になれて。
すごい、感謝してる…。
「それから颯斗くん。もしもの時これを渡すように希愛から頼まれていたんだ」
お兄さんから渡されたのは、桜色の封筒。
封筒の真ん中には【颯斗へ】と書かれていた。
「ありがとうございます」
手紙を受け取ると、おじさん達は病室を出ていった。
手続きとか色々あるらしく、忙しいみたいだった。
だから、俺も病室を出て、中庭に向かった。
希愛と最期に話した、思い出の詰まっている中庭だ。ベンチに座り、封筒を開けた。
封筒を開けると、2つ折りにされた手紙が数枚入っていた。
いつ書いたものか分からないけれど、小さくて丸っこい文字は、元気だった頃のものだろう。
そんな前から準備された手紙は、胸が締め付けられた。
覚悟をしていた時に書かれたものかもしれないし、生きたいと必死に足掻いている時に書かれたものかもしれない。
その真意は分からないけれど、希愛はずっと前から、俺とサヨナラをしようとしていたことに変わりはない。
大きく一度深呼吸をし、手紙に目を通した。