星の向こうできみを待っている。


「お前ら、人の店の前で何やってるんだ!!」



その怒鳴り声にはっと我に返る。



…っ。


なにやってんだよ、俺は…。



「すんません…」


軽く頭を下げると、その場をあとにする。


とぼとぼ歩いてたどり着いたのは、希愛との待ち合わせに使っている公園だ。



「情けねぇな…」


ベンチに座り、ぼそっと呟いた言葉は、儚くも夜の闇に消えていった。



希愛がいないだけで、俺はどうしようもなく弱い存在になる。



希愛はまだ生きている。

希望だって持てるはずなのに、頭を過ぎるのは最悪な考え。

仮に目が覚めたとしても、もう時期…ということまで考えてしまう。

こんなにも愛おしい人が、二度と会えない存在になると考えただけで、涙が止まらなかった。




今まで、
当たり前のようにそばにいて。

当たり前のように笑いあって。

当たり前のように照れ合った。


それがどれだけの奇跡だったか、今になって思い知らされる。






あれから3週間が過ぎた。

だけど、希愛が目を覚ます気配は一向にない。発作もなく安定しているだけいい方なのかもしれないが、正直、俺の不安は1ミリも消えていない。

いつ急変するかも分からない。今、"その時"が来てもおかしくない状態まできているのだから。



「希愛……」


思わず、名前を口にする。



「俺、希愛に伝えたいことがまだあるんだから…。頼むから、目、開けてくれよ……。いつまで寝てんだよ…」



静かに眠る希愛の手をぎゅっと握りしめる。



温かい小さな手。その温もりは、生きていると必死に叫んでいるようだった。



……​───ピクっ



「……え?」



今、微かに希愛の指が動いたような気がした。




「…希愛っ!?」


思わず、希愛を呼んだ。



「……は、……や、と……?」



小さく唇が動いたあと、ゆっくりと目を開ける。



その瞬間、何かを急速に駆け上がるように、体中が熱くなった。





体中がふわふわする。

まるで、空でも飛んでいるかのように。

なんだろう、とても不思議な感覚。



『………ぁ』



なんだろう。


誰かの声がする。

だけど、誰のものなのか、なんて言っているのか聞き取れない。


『……あ』



誰なの?


なんて言ってるの?




『…希愛』


今度ははっきりと聞き取れた。

だけど、あたしのことを呼ぶのは誰?


綺麗な透き通る綺麗な声。

こんな声の人、あたし、知らないよ…。


『希愛』


あたしの名前を呼んだあと、背後から優しい温もりに包まれた。



あれ、あたし…。

この温もり知ってる?

どこか、懐かしいような…。




……お母さん?


そうだ。
この温もりは、お母さんのものだ。


振り返ると、そこにはあたしの記憶の中にあるお母さんと同じ女性がいた。


ほら、やっぱりお母さんだ。


でも、どうしてお母さんがここにいるの?



『お母さん、あたし、やっとお母さんに会えたんだね』


ずっと会いたかった。

あたしね、お母さんに伝えたいこと、たくさんあったんだよ。

全部、聞いて欲しい。


『こんなに早く会いに来ちゃダメよ。希愛はまだ、やらなければいけないことがたくさんあるはずよ?』



やらなければいけないこと?

あたしはもう、満足したよ?

もう、やり残すことなんてないよ?




『あたし、もう十分満足したよ?もう、お母さんのところに行ってもいいでしょ?』


『お母さんはね、希愛よりもずっと長生きをしたけれど、やり残したことがたくさんあるの。だから、希愛にも必ずあるはずよ』


そう言って、お母さんは優しくあたしを抱きしめた。


やり残したこと?


そんなのないよ…。


あれ?

なんだろう…。

心のどこかがモヤモヤする。


あたし、何かやり残したことがあるの?

何かを忘れてる?


『希愛』


その時、また誰かに呼ばれた。


低くて、落ち着きのある懐かしい声。



『ほら、今もあなたを待っている人がいるでしょ?』



お母さんはクスッと笑うと、静かに消えていった


待って、行かないで。

やっと会えたのに…。



『……』


また、声が聞こえたけれど、なんて言っているのかまでは聞き取れなかった。

だけど、この声は知ってる。

何度も聞いた、あたしの大好きな人の声だ。




「……は、……や、と……?」




ゆっくりと瞼を開けると、白い光がぼんやりと広がった。



それに、右手に感じる温もり。ゆっくり首を横にすると、涙目になっている颯斗と目が合った。




「よかった…。絶対、意識戻るって信じてた……。本当、よかった……っ」



ぎゅっと手を握りしめる颯斗は、あたしにまで伝わるくらい震えていた。



「なんで、泣いてるの…?」


「バカ、泣いてねぇよ…。先生、よんでくる」



逃げるように病室を後にする颯斗の後ろ姿を、じっと見つめた。

もう少しだけ、傍にいたかったから、少しだけ残念だなぁ。



「希愛!」


先生と一緒に病室に入ってきたのは、お兄ちゃんとお父さん。




「希愛ちゃん、気分はどうかな?」


「元気、です……」


胸の痛みも息苦しさも、不思議なことになかった。

「そっか。今日は目が覚めたばかりだから、明日、詳しい検査をしようか」


にっこり微笑む先生に、あたしも笑い返した。



「希愛、よく頑張ったな…」


優しくあたしの頭を撫でてくれる、お兄ちゃんの温かい手。



「目、覚めて……よかったぁ…」



なんだか、長い長い夢を見ていた気がする。


だけど、所詮夢だから。

いつかは目が覚めて終わりが来るんだ。