「お父さん…あたし、ごめんなさい…」
酷いこと、たくさん言った。
たくさん傷つけた。
「悪いのはお父さんの方だ。どうすることが希愛にとって幸せか、2人を見れば分かるはずなのに見ようともしなかった。本当に、すまないことをした」
深く頭を下げるお父さん。
あたしは、今まで何を見てきたんだろう。
なんで、お父さんの言葉に耳を傾けようとしなかったんだろう。
もしもあたしが、もう少し周りを見ていればこんなことにはならなかった。
「はや……と!?」
ふと、隣に座っている颯斗を見ると、眉間に皺を寄せ、顔をしかめながらお父さんを睨んでいた。
その顔を見た瞬間背中がぞっとした。
いつの間にか頬を伝っていた幾つもの涙も急に止まった。
この人、今、完全に怒ってる!!
キレてるよ…っ!
「殴りたいなら殴ればいい…」
そんな颯斗に気づいたのか、お父さんが颯斗に向けて言った。
おびえる様子もなく、仕方がないと覚悟をしているかのように。
「すげームカついてますけど、俺、今停学中なんでできません。その代わり、一言だけ」
…絶対に、一言じゃない。
直感的にそう感じた。
「俺は希愛を忘れない。何年経とうが何十年経とうがぜってぇー忘れない。チャラチャラして見える?上等だ。そんなんで、俺への印象が変わるなら変えてやるよ。あと、希愛は死なない。必要なのはドナーだろ?そいつが見つかれば希愛は生きられる。父親なら信じてやれよっ」
颯斗の勢いにポカーンとしているお父さん。
だけど、それは一瞬で、すぐに落ちつた表情になる。
そして、少しだけ声を漏らして笑った。
「君の言う通りだよ…。可能性はゼロじゃない。それなのに、信じられないなんて、ダメな父親だ…。君には負けるよ…」
「負け認めるなら、俺らの勝ちってことで、付き合うこと認めてください」
「いいだろう。その代わり、希愛が無茶しないよう見張っといてくれ。君のことになると、体のことを忘れて何をするか分からない」
み、見張るって…!
あたし、そこまで颯斗に迷惑かけるつもりはないもん。
それに、自分の限界なんて、あたしが一番よく分かってる。
「お父さん!あたしなら…「分かりました」」
わざとか分からないけど、颯斗があたしの言葉を遮った。
きっと、この会話の中に入ろうとしたことが間違いだったんだ。
颯斗の勢いには、きっと誰も勝てない。
だって、あれだけ反対していたお父さんですらも
「いいだろう。颯斗くん、希愛のことよろしく頼む」
認めさせてしまうのだから。
「お兄ちゃん!本当に変じゃない?」
「大丈夫だって。何回訊くの」
颯斗とまた付き合い始めて3週間が経った。
そして、今日は久々の颯斗と2人でお出かけをする日。
しかも……。
「制服なんて着るの久しぶりなんだもん!」
……制服デートだ。
一度でいいからやってみたかった。それを颯斗に言ったら、一瞬戸惑ったような表情をしたけれど、すぐに「よし、やるか」って言ってくれたの。
1年以上クローゼットの中に眠っていた、北浜高校の制服を引っ張り出して着てみたはいいもののなんだか落ち着かない。
あの頃よりだいぶ痩せてしまったため、ウエストもぶかぶか状態。折ったことのないスカートも合わせるために3回折って固定した。
短いスカート。
パンツ見えないかな…。
気になって、思わずスタンドミラーの前でくるりと回ってみた。
…うん。
完全アウトだった。
「パンツ見えたよ。全然大丈夫じゃなかった」
何度も確認してよかった。
つい見落としちゃうところだったよ。
歩く分には問題ないけど、しゃがんだ時や階段を上る時は完全アウト。
「知らねぇよ。だいたい俺に訊くこと自体が間違いだろ」
「しょうがないじゃん。あたし友達いないんだもん!」
確か、北浜にもこれくらいのスカートの長さの子は何人もいたけど、みんなどうしていたとか覚えてない。
そういえば、西高に行った時は、もっと短い子がたくさんいたよな…。
本当にみんなどうしてるの…?
「んじゃ、折るのやめればいいじゃん」
めんどくさそうにお兄ちゃんが言った。
多分、お兄ちゃんにとっては何気ない一言だったと思う。
だけど、あたしの中ではビビビッてひらめく音がしたの。
「それだ!なんで気が付かなかったの!」
別に折ることにこだわらなくてもいいじゃん。
思い立ったら即行動。
あたしは勢いよく階段を駆け上った。
その時「走んな!!!」ってお兄ちゃんのすごい声が聞こえたけどそんなの無視だよ。
部屋のドアを勢いよく開け、クローゼットの中に収納させたボックスからあるモノを取り出す。
それは、あたしが中学生の時に使っていたもの。
───あった!
お目当てのものを見つけ出すとすぐにつけた。
カチャっと金属同士があたる音がする。
「うん…いい感じ。ベルト最強じゃん」
ちょっと今ね、感動してる。
あれだけ時間をかけて合わせたスカートが一瞬で、慣れた位置に固定させたんだもん。
ベージュのカーディガンを羽織って、髪を緩く束ねてみた。
本当はお化粧もしてみたかってけど、道具も技術もない。
だから、リップだけ。
お気に入りのピンク色のリップを薄く塗った。
午後1時。
待ち合わせは、いつもの公園。
優しい春の風、綺麗な青空。
辺りには風に吹かれた桜の花びらが舞っている。
公園につくと、時計台に寄り掛かりスマホをつつく黒髪の男の子の姿を発見。
あれ…?
颯斗……だよね?
しばらくの間固まっていると、あたしに気づいたのか、スマホからあたしに視線を向けた。
「希愛」
聞き慣れた低い声。
「颯斗っ!」
名前を呼びながら勢いよく駆け寄ると、その勢いに流されるように颯斗に抱き着いた。その勢いに、颯斗の体は一瞬バランスを崩したけど、すぐに立て直した。
「あぶねぇだろ。あと、走んな」
頭の上から聞こえてくる低い声。
その単語、さっきも聞いたよ。
「髪染めてるのびっくりした…。一瞬分からなかったけど、颯斗だって分かったら抱きつきたくなった…」
金髪から黒髪に変わっただけで、全然印象が違う。
きらきらの金色の髪はどこにいてもすぐに分かる。
まるで、太陽の光みたいだった。
それに比べ、黒色の髪はすごく落ち着いている。
たとえるなら、金色の髪は夏の空で黒色の髪は冬の夜空。
髪の隙間から見えるピアスは、黒髪にしたせいでよりいっそ輝いて見えた。
まるで、星空に輝く星のように。