星の向こうできみを待っている。


唇が離れた時には、お互いの顔は真っ赤。

多分、何度しても、変わらないと思う。

ドキドキすることに、慣れるなんてできない。

それに、こうやって照れたりドキドキしたりする方が好きって実感できるから、できるなら慣れたくない…。


「…大好き」


そうつぶやいて、颯斗の胸に顔を埋める。


「知ってる」


多分、あたしって、欲張りなんだと思う。

颯斗といると、どんな時間でも幸せな時間になる。

だから、もっと一緒にいたいって思っちゃうし、伝わっていると分かっていても、また、伝えたくなる。


「…俺も、愛してる。希愛が思っている以上に…」


神様はまた、あたしたちに幸せをくれた。

だけど、同時にいじわるもする。



こんなに好きなのに。

こんなにもお互い想っているのに。

ずっと一緒にはいさせてくれないのだから。

あと、数ヵ月もすればあたしは颯斗の隣からいなくなる。

そのあと、颯斗の隣にはあたしじゃない別の子がいる。

2人は幸せそうに笑い合う。

この温もりも、この優しさも、全部奪われてしまう。


あぁ、いっそのこと現れなきゃいいのに…。

颯斗を幸せにする女なんて…。

一生現れないで欲しい。

あたしが、颯斗を幸せにしたい。


「あたし、今、最低なこと願った…」


泣きそうになるあたしの背中を颯斗は優しくさすってくれる。

あたしが颯斗の一番じゃなくなったら、颯斗はこんな風にその子にも優しくするんでしょ?

こんな風に抱きしめるんでしょ?


「あたしが颯斗の隣にいたい…。ずっと…っ、颯斗を幸せにする女なんて現れないで欲しい…って、思った…っ」


なんで、あたしじゃないんだろう…。

なんであたしじゃ颯斗を幸せにできないんだろう…。

「死にたくない…っ。怖いよ…」


颯斗といると甘えたくなっちゃう。

弱音を吐きたくなっちゃう。

おかしいな…。

弱虫なあたしはもういないはずなのに…。


「希愛は死なない…っ。絶対大丈夫だから…。頑張れ…。希愛の心臓、頑張って働け…。休んでる暇なんかねぇよ…」


強く抱きしめてくれる颯斗の腕の中はどの温もりよりも温かい。あたしが、一番安心できる場所なんだ…。


「ごめん…。こんなこと言って…」


こんな弱音を吐くために戻って来たわけじゃないのに…。


「…ダメだね、あたし」


泣いた後の無理やり笑顔。


「…いいよ、希愛は泣き虫のままで。希愛が信じられないなら、俺が信じるから。希愛が強いってことも、生きられるってことも全部俺が信じる。それなら、怖くないだろ?」


颯斗の言葉に大きく頷いた。


「ねぇ、やっぱりいいよ…」


「ダメだって」


気づけば7時を過ぎていた。

だからそろそろ帰ろうと思ったのに…。


「もう暗いし。それに何かあったらどうすんだよ」


「でも、停学中じゃん」


送るか送らないかで言い合い、なかなか帰れない状態になっている。


「大丈夫だって、フード被ってマスクしたらバレない」


「ダメだよ!」


「大丈夫だつってんだろ。ほら、行くぞ」


あたしの手を引き、強引に部屋を出る。

もう…っ!

どうなってもあたし知らないからね…っ!


と、思いつつも、本当は少しだけ嬉しかったりもする。

すっかり日も落ち、暗くなった外。

肌に触れる夜風はまだ少し冷たい。

それなのに、繋がれた手は温かい。


「そういえばさ、なんで停学になったの?」


どれだけ機嫌が悪くても、颯斗が誰かを殴るなんてよっぽどだよ。しかも、颯斗の友達は肩がぶつかったとかなんとか言っていたような…。アレが本当なら、どれだけキレやすいのさ。


「ん?あぁ、先輩らとタバコ吸って酒飲んでたらどっかの生徒さんに通報された。俺らが補導されてんの見て大笑い。んで、酒入ってたし、ムカついたから殴っちゃったよ」


『殴っちゃったよ』じゃないよ。


「…バカなの?」


「バカだと思う」


意外にもあっさり認めた。

それにしても、よく停学で済んだよね。

そこのところすごいと思う。

北浜だと停学じゃすまなかっただろうに。

「あたしね、颯斗の手、大好きなの」


いつもあたしを助けてくれる、優しい手。



「もう、この手で誰かを傷つけないでほしい」



誰かのせいで、颯斗が汚れることないよ。



「絶対もうしない」


「あと、これに懲りたらもうあんな嘘かないで」



そっぽを向いてツンとした言い方。

あたしにだって颯斗が必要なんだもん。

離れていかれたら困る。




「もうしません」


あまりの素直さに思わず笑ってしまった。





「希愛!」


家の前ではお父さんが待っていた。

あたしたちに気づくと、近所迷惑じゃないってくらいの大きな声であたしを呼ぶ。


「なに?」


思わず、睨んだ。

もしかして、また颯斗に何かいうつもりなの?


「君は…」


お父さんは颯斗の姿を見ると、顔をしかめた。


「あの、希愛さんは悪くないんです。俺が引き留めて…」


「いいよ、颯斗。この人には何を言っても無駄だから」


頭ごなしに反対して。あたしにどれだけ言っても颯斗と別れないから、颯斗に頼んだ。そんな卑怯なことしかできない人なんだよ。

「あたし、お父さんに何言われようが従わない」


反対するならすればいい。

どれだけ反対されようが、もう怖くない。

負けたような、惨めな気持ちにはならない。


「希愛、それから颯斗くんと言ったね。2人とも家に入りなさい」


…あれ?

もっと他のこと言うと思ったのに…。

目の前にいるお父さんの雰囲気はどこか切なそう。

とても怒っているようには見えなかった。


「どう思う?」


思わず颯斗の顔を見て、訊いた。

だけど、颯斗もよく分からないという反応。

とりあえず、リビングに入るとそこにはお兄ちゃんの姿。

「おかえり、颯斗くんもいらっしゃい」


優しく微笑むお兄ちゃん。

そんなお兄ちゃんに颯斗はペコリとお辞儀をした。


「2人とも、そこに座りなさい」


あの日と同じように、テーブルをはさんでお父さんが腰掛ける。違うのはここに、颯斗とお兄ちゃんがいるってことくらい。


「…すまなかった」


突然、お父さんが頭を下げ、謝った。

…え?

今の状況に頭が付いていかない。

隣を見ると、颯斗もポカーンとしていた。


「あの…お父さん?」


反対された時はムカついたけど、こうやって謝られるのもなんかやだ。お父さんじゃないみたいだし、何より素直に謝るお父さんの姿は気持ち悪い。