星の向こうできみを待っている。




颯斗とは違う温もり。


それなのに、なんでだろう…。

胸がじんわり温かくなる。

それが、すごく心地いい。


「お父さん、あたしのこと嫌いになってないよね…?」


「なってない。嫌いになるはずない。母さんが命を懸けて守ったってことは、希愛にはそれだけの価値があるんだ」


それからしばらくの間、あたしはお兄ちゃんの腕の中で泣き続けた。

涙と一緒に、あたしの中にあったいろんなものが一気に流れ出た気がした。


もやもやした感情。

曇った心。

全部とまではいかなかっけど、泣いた後は気持ちが楽になった。



たまには苦しむことも必要なのかもしれない。

悲しみの涙は、生きる糧になる。

生きているうちは何度後悔してもやり直すことができる。

だけど、死んだら何もやり直せない。

残された時間、あとどれくらいかは分からない。

ただ、お母さんが守ってくれた命をこれ以上無駄にしたくない。

だから決めたんだ。


これ以上時間は無駄にしない。

最後まで、諦めないで頑張ろう。

今ならきっと、弱音は吐かずに前を向ける気がするから。




「あの男のこと、父さんには黙っといてやるから。上手くやれよ」


ふとお兄ちゃんの顔をみるといじわるそうに微笑んでいた。


「いい人なんだよ…。また、紹介するね」


「楽しみにしとく」



窓から入ってくる風は心地よくて。

外は紅葉した葉が秋風になびいていた。

あたしは、今日この日を永遠に忘れないと思う。

最近、颯斗が病室に来る時間が遅くなった。いや、正確に言うと時間は変わらない。ただ、あたしが勝手にそう感じているだけ。


夏の間は日が落ちる前に来ていたのに、秋になり日が暮れる時間が早くなるとどうしてもそう感じてしまう。



「…暇」


何もすることがない。

本でも読もうかと思い、開いてみたけれど、全然集中できない。


ベッドの上でごろごろ。

天井のトラバーチン模様を眺める。

けど、すぐ飽きた。

つまんないもん。


筋トレでもしてみようかと思い腹筋を始めた。


「いっち…にー…さ「希愛~」」


ドアが開く音とあたしを呼ぶ声はほぼ同時だった。


「遅い!あたしがどれだけ待った…と………」


視線の先に立つ颯斗の姿に、思わず言葉を失った。

制服には、赤黒いシミがたくさん。



「は、やと…。血が…」


「たいしたことねぇよ…。全然平気だから」


そう呟くと、視線を下にそらされた。



「たいしたことじゃない…?そんなに血がついてんだよ?何があったの!?」


「本当になんでもないんだ…っ!だって…これ…ごめん無理」



その直後、颯斗が吹き出して笑った。

それにつられるようにあたしも笑う。



「ねぇ、なんでそこで笑うの?」


「いや、だってさ…」


ついにはお腹を抱えて笑い出した。

「やべ…ツボッた」


「もう、茶番は終わりだよ。看護師さんに怒られちゃう」


もう少し続けていたかったけれど、これ以上騒ぐと、本当に怒鳴ってきそうなんだもん。



「それで、何して遊んだの?」


「文化祭の準備。色塗りしてたらペンキひっくり返した」


文化祭って、もうそんな時期なのか…。

そういえば、北浜の文化祭は9月だったな。

それに比べたら、11月に行う西高はすごく遅く感じた。



「颯斗のクラスは何するの?」


「お化け屋敷」


「お化け役、やるの?」


「俺はしねぇ」


「そっか…」


見てみたかったな…。

颯斗のお化け姿。

絶対かっこいいのに…。

あ、でもかっこいいお化けもどうなのかな。



「…来る?」


「…へ?」


「西高って結構力入れてる方だから、退屈しな「行きたい!!」」


颯斗が言い終わるよりも先に勢いよく答えた。

だって文化祭だよ!?

多分ね、今、あたしの目きらきら輝いていると思う。


「食いつきすぎ」


颯斗のあきれ顔。

急に恥ずかしくなって、体中が一気に熱くなった。


「…ごめんなさい」


うつむき、なんとなく謝った。


「謝るの禁止」


すると、颯斗の手がポンって頭の上に置かれた。

顔を上げると、目が合ったから、にーって笑った。

そしたら颯斗も照れくさそうに笑い返してくれたの。

それが、最高に嬉しかった。


「あたしね、文化祭はじめてなんだ」


「北浜はねぇの?」


「あるよ…。けどね、参加できなかった」


文化祭では、みんなと仲良くなろうと頑張ってみたけど、準備中何回も体調悪くして迷惑しかかけなかった。


おまけに文化祭当日は入院。

さすがに笑っちゃう。


「はじめての文化祭、楽しみだなぁ。それまでに退院するね」


最近ね、調子いいから多分先生に言ったら退院させてくれるよ。

それに、家にも帰りたいし…。

あの日以来、たまにお兄ちゃんが来るようになった。

颯斗がいる時間と被ることもあり、地味に仲良くなってるの。


「そんなこと言われたら、気合入れて準備しないとな」


ニカッて、颯斗が笑った。

だからあたしも同じように笑ってみせた。



文化祭当日。

西高がどこにあるか分からないあたしは、お兄ちゃんに車で送ってもらった。


「わぁ!すごい…」


大きな校門は派手に飾られており、門の向こうはまるで別世界に見えた。


ドキドキしながら門をくぐると、なんだか悪いことをしている気分。颯斗には門のところで待っているように言われているけど、ほんの少しだけ。


ずらーって並んだ屋台を覗いてみた。

たこ焼き、焼きそば、タピオカジュース。食べ物の屋台だけでもたくさんあるのに、射的や輪投げまで。

これを全部高校生がしているんだと思うとちょっと尊敬しちゃう。


北浜の文化祭はここまで派手じゃないもん。


まるでお祭りみたい…。