リビングのソファーの横にカバンを下ろさせてもらうと、理人はいつの間にかベランダの窓を開けて外に出ている。
何となく後に続いて、俺もベランダに出る。
「何してんの」
「…あそこ」
理人が指差した方向は、道路を挟んで斜め向かいにある川越酒店の前だった。
店の前には、ワイシャツにスラックス姿の男性が一人立っている。
寒そうに、両腕を抱えながら。
「あれ。有馬先生…?」
「…母さん!有馬先生、外で待ってる!早く!」
「え?ホント?…あぁー!待ってなくていいのに!」
洗面所からドタバタと出てきたと思ったら、さっさとコートを羽織り、バッグを持って玄関に駆け込んでいる。
「りーくん!ママ遅くなるから!ちゃんとごはん食べてねー!」
「はいはい」
バターン!とドアが閉まり、足音が小さくなっていった。
「…万智さん、有馬先生と相変わらず続いてんの?」
「うん。相変わらず。早く結婚すりゃいいのに」
冷たい言い方をするわりには、外にいる有馬先生に手を振っている。
有馬先生もこっちに気付いたようで、嬉しそうに手を振り返していた。
万智さんは独身…すなわち、和田家は母子家庭で。万智さんと理人の二人暮らし。
だから、万智さんが夜勤で夜いない時はこの男、遊び放題…。
小学生の時は、うちに泊まりに来てたりもしたけど。
今は、遊び放題。
「…で?母さんの話はいいから。それからどうなったの。桃李には会えたの?」
「いや、それが…」
積もる話を始める。
校内探し回った挙げ句、ヤツは保健室で寝ていたこと。
スタンガンを没収したところ、ヤツは逆上し、この上なくしつこかったこと。
おかげさまで、『俺がおまえも守る』ですとか『ごめん…』と、大事なことを言ったにも関わらず、あまり聞いてもらえなかったこと。
一緒に帰ったけど、最後に『さっきの告白は無しでお願いします』と言われ、逃げられたこと。
俺、大事なこと話せてない…。
「え…桃李、また逃げたの?」
「……」
改めて人の口から確認されると、グサッとくるな。
落ち込んでしまう。
「…何で、無しにする必要あんだよ。…嬉しかったのに」
「で、泣き寝入りしに俺のところに来たワケ」
「違う。違うぞ。これは一時避難だ。パンダフルはまだ営業時間だからな。騒いでたらおじさんたちに迷惑かかるだろ。店じまいしたら、もう一回行くんだよ。だから、それまでここにいさせてくれ」
「へぇー。夏輝、急に攻めるようになったね」