「5月にタイに行って来る」

朝食の席で、ゴウが言った。

「適合手術?」

ずっと恐れてたことなのに、サラッと聞けた。

「手術・・・?」

薫ちゃんが不安そうに言った。


「体を女性にする手術や」

「っえ!」

薫ちゃんは、初めて知ったのか。

絶句しちゃってる。


「何でタイにしたの?」

「いろいろあるけど、一人で耐えてみたいねん」


適合手術は、体を切るだけじゃない。

新しい器官を無理やり作る。


「ユキエさんは?」

「行かへん。オカンには、新しい名前を考えてくれるように頼んだ」

「わあ、いいじゃん!改名するの?」

ゴウは首を横に振った。

「戸籍が変わるからな、本名から変えんねん」


ああ、そういう事か。

もうゴウとも呼べなくなる。

止めて欲しい、と小さい自分が悲鳴を上げている。

でもこれは、止められない。


会話が途切れた。

「薫ちゃん」

驚きが消え去ってない顔をしている。

聞きたいことも分らない様子だ。


「薫ちゃん、ママたちに相談しよう」

「え・・・!?」

「私はずっと、うちで働いてて欲しい。でも学校にも行って欲しい」


ゴウが眉を寄せた。

「学校て、夜学いうこと?」

私は続けた。

「家には帰らなくていい。どんなに辛かったか、一生懸命に話す準備しよう。札幌に帰るときは、私もついていくから」

薫ちゃんは下を向いた。

長い時間が流れた。

ゴウがようやく言った。

「え?そういうことぉー!?」

愕然としている。

「あああ、経営者責任やぁ・・・」


薫ちゃんは喋り始めた。

「私は、なんのために生きてるのか分らない」

そして、絞り出すように泣き始めた。

「なんのために、今を努力しなきゃいけないのか・・・分らない」


私は頷いた。

おんなじように思ってた時期があったから。


ゴウは薫ちゃんの隣に座って、肩を抱いた。

薫ちゃんがうなだれて、泣き始めるその首に、まだ傷は残っていた。


「一人で探さんでもええやん」

ゴウが言った。

「みんなで探す方が早いやん」


薫ちゃんが本格的に泣き始めた。

声を上げてワンワンと、本当の自分に戻って泣いた。