佐々木さんは、片足を引きずっている。

どこか店に入ろうとしたのに、佐々木さんは断った。

「すぐに帰らないといけないから」

お金がないのかな。

「私、出しますよ」

「なーに言ってんの。命助けてもらって、奢ってもらって、そんなの何にもならねーよ」

「はぁ」


覚えてないんですけど・・・


しかたなく、立ち話になった。

佐々木さんはおずおずと手を差し出した。

「まぁ、あの、とにかくね、ありがとうね」

握手なんて、久しぶり。


「ハイ。そうなんですね」

「マイッタなぁ。本当に何も覚えてないの?」

「ないっすね!」

「松井さんのこともぉ?」

「松井さんは覚えてますよ。一応」

「なら、イイけどさぁ」


オジサンは、眉を寄せて私を見た。

「アンタ、俺っちには『死んじゃダメ』なんてビルから引きずり出しといてさぁ、自分は死ぬつもりだったんじゃないのー」

どうして、ソレを・・・


「まぁ、でも感謝してるよ。ガキには泣かれて、ヨカッタヨカッタ、父ちゃん生きてたって言われて・・・まぁ、こんなんでも親だからね」

「そりゃそうですよ」

「もう足はこんなだけど、まぁ、ガキどもが優しいから、まぁ・・・優しく育ったから、俺っち幸せだよ」


幸せなら良いけど、それは大変なことになってるな・・・。

「今、大阪にいるんですか?」


佐々木さんは、首を振った。

「愛知。死んじゃった嫁さんの実家で暮らしてんだよ。まぁ、こんな体だから、ろくな仕事があるわけじゃねんだけど、まぁ、保証金も出たし、障害者年金がもらえるから」

年金、大事っすね!

と大きくうなずいた。


「松井さんとは連絡取ってんの?」

「あー・・・いや、あのー・・・まだ、デス」


それを聞くと、佐々木さんは下を向いた。

「あの人さぁ、かわいそうだったよ。アンタの遺書さぁ、バックから出てきてさぁ。俺っちぜんぶ見てたんだから」

遺書・・・

遺書なんか書いたんだ・・・

うん。書いた気がしてきたな・・・


「松井さん、泣いてたよ。まぁ忘れらんないよ。オトコがあんな風に・・・あんな風に泣くなんてさぁ・・・。俺っちもまぁ、嫁さん、俺っちのせいで死んでっからさぁ。思いだして泣いたよ」

佐々木さんは、顔を上げてまっすぐ私を見た。


「あんな人を逃しちゃダメだよ。死ぬとか考えないでさ、あの人のために生きようって思ってよ。それをさぁ、俺っちは言いに来たの!」