ゴールデンウィークが終わった途端、猛烈な暑さが襲ってきた。


ヤバイね。

千葉とは全然ちがう。

風が涼しくない。

ドライヤーみたいな風が吹く。

汚い外階段が、ますます薄汚れて見える。



あーあ、ホントにさ、

中からエレベーターで入れたら良いのに…。



ドアを開けると、妙な気がした。

あれ?

やけに涼しい。


ヤダな。冷蔵庫でも開けっぱなしになってる?



いや、違う。

ちゃんと閉まってる。




ゴウがもう来てるのかな?


いつもこの時間は、私が一番早く入るんだけど、

ゴウの新しい服が、不在が続いて受け取れなくて、

今日、店で受け取ることになってる。


だけど、私が出るときには、まだシャワー浴びてて……




急に息ができなくなった。

口をふさがれてる!!



その途端、体が宙に持ち上がった。




はあ!?

な、なに!?



慌てて暴れるが、足が地面についていない。



誰かに持ち上げられてる!

なに!?なんで!?


そのまま、床に叩きつけられた。


痛みで目の前が暗くなる。


ふ、ふざけ………?


いや、ちがう!

なにこれ!?



目の前に、知っている顔があった。

だけど、空気が吸えなさすぎて、誰だか思い出せない。


シャツの下から、手が入ってくる。

ようやく、何をされようとしているか気がついた。


ありったけの力をこめて叫ぶ。


くぐもった声しか出ないけど、

それしかできない。



外階段から、誰かが上がってくる声がした。


一瞬、のし掛かっている相手が怯む。



「ゴウ!!!!!」


声が出た。



「ゴウ!!助けて!!!」


階段の軋みが激しく高鳴り、

まずは目に飛び込んできたのは、グラコロねえさんだった。


「なんしょん!!!」

雷のように怒鳴ったかと思うと、

のし掛かっている男の襟首を掴んで、床にひっくり返した。


「海!?」

ああ、ゴウだ。


急に涙が出た。


「うっわああああああん!!」

「なんなん!?どういうことなん!?」


ゴウは私を抱きしめると、

のし掛かっていた男に向かって怒鳴った。



あ!コイツ、あれじゃん!!

八百屋じゃん!!


急に怒りが沸いてきた。

泣きながらわめいた。

「てめぇ殺すぞ!!なめやがって!!一度死んだオンナだ!!てめぇが死ぬまで、とことん殺ってやるからな!このバッキャロ!!」

「警察や、警察!!」


男は別に慌てたようには見えなかった。

ただ、床にぶつけたらしき腰の辺りを顔をしかめてさすっている。


なんだ、コイツ!

わざとらしい!



ふっと背後で、ドアが開いた。


「なんの騒ぎなん?」


千鶴だ。

「コイツ、海ちゃんに暴行しとったんです!」

グラコロねえさんが、上ずった声で言った。



「へえ……!?うっそぉ。こんなんがええのぉ!?」


すっとんきょうな声で、千鶴が言った。

そして、急に顔を強ばらせて私たちをにらんだ。


「なん?警察呼ぼうとしてない?なんで?なんで呼ぶん?」

「だって……!そんなん、」

「あかんで!!」


金切り声が、始まった。

「ドアホッ!あんただけの問題ちゃう!これは店の問題になるやんか!!そんな何も起こってへんのに勝手なことせんといて!!」

「勝手なことて…!」

ゴウが言いかけるが、金切り声は止まらない。


「ジブン、なんや大袈裟やな!死んだ気になったら何でも出切るんやったら、ホンマにその男のこと殺してみい!死に損なったんがそんな自慢か?」


この人


知ってたんだ


私が精神的に弱いことも


「普段はオスかメスかよう分からんような成りしてんのに『ゴオ~ゴオ~たすけてぇ~』て」


私がゴウを好きなことも


「ここで問題起こしてみぃ?こんなせっまい世界で問題起こしたら、どっこも受け入れてくれへんからな!!」


この馬鹿男が、今日ここで私を襲う手はずになってたことも


「そうですか」


金切り声を遮って、私は言った。


「ああ!?なにがそうですか?や!」

「もう開店準備の時間ですよ」

「それがおんどらぁのせいで、でけへんねん!!」

「でも、ママが来ましたよ」



奥から、なにか音がする。


千鶴が怯んだ。



実は雛ネェさんも早く入る日なんだ。

ゴウと同じオンラインショップで服を買ったから。

(割り引き率が高くなるらしい)


ほら、入ってきた。


「どないしたん?」

なんも考えてない、天使みたいな顔で。