一通りの説明を聞いていると、表のドアから電子音が聞こえた。


「チーママの千鶴ネェさんやわ、行こ」

「はい」


まだ薄暗い店内を抜けて、狭い化粧部屋に入った。


「細い」

と、まず思った。


次に

「ヤバイ」

と思った。


悪い意味で。


(ついでにケバイとも思った)


彫刻刀って、あるじゃん?

あれで、ガリガリ削ったみたいな体つき。


顔はウツボみたいだし、もうヤバい。

これは絶対にマトモじゃない。



「おはようございます」

「おはようございます」


グラコロねぇさんの後に続いて、挨拶をする。


「おはよ」

低いオトコ声の挨拶が返ってくる。


「キッチンの子?」

「はい、そうです。よろしくお願いします」

「ヒョージュン語止めや。キショイ」

「は、はい…」

「大阪におるんやから大阪弁しゃべるんが当たり前や」


さっそく、来た。


「はい」

「『はい、はい、ハイハイ』ちゃうわ、ホンマ」


………どう返事しろと?


胃がズーンと重くなる。

もう、すでに、辞めたい。


ようやく振り返った千鶴ママが、私の全身を蔑んだように見た。


「だっさ…東京の子ぉて、みんなそんなん?」

「千葉です…」

「千葉!いっやぁ!山いくつ越えてきた~ん?」


千葉に、山はない。

なんて言える雰囲気じゃない。


ああ、もう最悪。

ゴウの言うこと聞いてりゃ良かった。


ムカついて、手が震えそうになる。



その時、目の端にグラコロネェさんの腕が見えた。

筋ばしってるなぁ。


いや、違う。

怒ってる。

怒ってくれてるんだ!


私はさっと顔を上げ、心持ち大きな声で言った。

「今日から、よろしくお願いします!」


千鶴ママが細い眉をひそめた。


また、何か言われる?

言われなかった。



チーママは急に口角を上げて、

私の背後に向かって声を高く張り上げた。


「いやあ!キレイやわぁ。それはママしか似合わへんしぃ!」

「おはよう」


ふふふ…と微笑みながら入ってきた、その人は確かに可愛い。

雛ネェさんだ。

ついでに、いい香りがする。


「おはようございますぅ」

と、千鶴ママが言う。


語尾にハートでもついてそう。

二重人格かよ。



ゴウもキレイだけど、この人も相当美しい。

(ただ涙袋は整形かもしれない)

実は、この人がこの店のママ(店長)なんだよね。

つまり、千鶴チーママより上。



千鶴ママは、キャッキャキャッキャとママをおだてる。


口を挟む余地がなさそうなので、

グラコロネェさんに促されて、

化粧室を出ようとした。



のに、

突然強い力で引き戻された。


「私が案内するなぁ~~?」

「ど、どうも……」

「どうもやってぇ!カワイイ~~!」


こわ。

マジ、二重人格。

こわ。



愛想笑いを精いっぱい絞り出して、

店内を案内され続けた。