怨返し─赦されない私の罪─


私は仕方がないって思ってた。そうなっても仕方がない。そして、これが一生続くんだと....
だけど、依奈達は違った。会ったばかりの私を受け入れ、そして友達と呼んでくれた。こんなレズで自分勝手で空気読めずの...このダメダメな私を!友達と呼んでくれた存在なの!!」


「し、静華....」


「私の友達を...私の親友を奪ったことは絶対に許さない!!一緒に買い物へ行く約束もしてたのに!私達の思い出はこれからだったのに!!それを....全部!全部あなたが壊した!!」


享吾は殴られた怒りがまだ引かず、見下すようにして片手に持っている血がついた黒い凶器をチラつかせ、言い放った。


「...で?」


「ッ!!殺してやる!!殺してやるぅぅぅぅぅ!!!」


「だ、駄目!静華ぁ!やめてぇ!」


依奈は叫ぶが静華には届かなかった。目の前の憎き相手で、それを殺したいという衝動があまりにも大きすぎた。
静華は享吾に向かって走り、その木の棒を振った。
享吾は少し後ろに下がり、その木の棒が空気を切った瞬間に間合いを詰め、その黒い凶器で静華の頭を目がけて全力で殴った。

静華は殴られた方向へ身体を飛ばし、持っていた木の棒は手元を離れて倒れた。
静華は立ち上がる様子もなく、ピクリとも動かなかった。

「え....嘘...嘘でしょ?....静華...静華ぁ!嫌だよぉ!あっ!」


這い寄ろうとした依奈の背中を享吾は踏み付けた。見下ろし、返り血で頬を染めた享吾は金槌を大きく振り上げる。


「お前うるせぇ。うん、うるさすぎて耳障りだ。ぴーぴーぴーぴーと。さっさと死ね。」


享吾は金槌を振り下げた。その金槌が自分の頭に当たるでろうところで、依奈は目を瞑った。
だが、痛みはいつまで経っても来なかった。

依奈はゆっくりと目を開けてみると、ギリギリのところで金槌は止まっていて、プルプルと動きながら引き上げていく。

享吾はプルプルと痙攣していた。血管を剥き出しにしながら必死に動こうとしていたが、何故か動けずにいた。その原因は章太だった。章太は先ほどより近付いていて、片手を享吾にかざしていた。

すると、享吾の身体が後ろへと吹っ飛ばされた。崖前の樹木に背中を強打し、享吾は悶絶した。章太は相変わらずの無表情で享吾へ近寄っていく。

享吾は崖に追い詰められ、背中を抑えながらも何故か笑を零した。


「はぁ....はぁ...くく、章太...."怨返し"だったか?ようやく俺に復讐出来るな。くくく...良かったなぁ。目的果たせそうで。....まぁ無理なんだがな?」



享吾はカッターを章太に向けると、自分の首へ刺した。血が勢い良く飛び出て、享吾の服をあっという間に赤で染めあげ、享吾は段々と瞼が降りていった。


「くくく...お前は俺を殺せない。それは昔も今も....同じだったなぁ?俺は....二度と他人に従わねぇ...誰にも縛られねぇ....」


享吾はそう言い残すと、ゆっくりと崖の先へと姿を消した。生々しい音が山の中に響き渡る。

章太は享吾が落ちた先をただ見詰めていた。
依奈はそんな章太を見て、感じていた。

清都の時のような感じではない。悲しそうに虚しそうに、章太はただ見つめていた。
章太は享吾から目線を外し、依奈と目が合う。すると、章太は煙のようにフッと姿を消した。


章太が消えた後を依奈はしばらく見つめて、ハッする。依奈は残された自分の力を使い、静華の元へと這いずった。

静華の顔は丁度見えなく、依奈はそんな静華の顔が観るのが怖かった。ブルブルと震える手で静華の肩を掴み、そして自分の方へと倒した。

静華は額に赤黒い痣を残しているだけで、綺麗な顔で倒れていた。目を瞑ったままだが、鼻で息を吸っていた。


依奈はそんな静華に抱き着いた。


章太が自殺してから丁度一週間。章太のいじめ主犯の三人に対する復讐劇は三人の命によって幕を下ろした。


いつもの自分の部屋、章太が襲いかかった時から怖くて入るのを躊躇う自分の部屋。だが、今となっては全く躊躇はしなかった。

いつもの様に部屋に入り、依奈は部屋の中心にある丸机に、お茶の入ったコップをゆっくりと置いた。



「ありがとう...」


静華はそのコップを手に取り、スっと口に注いだ。私服は相変わらずシンプルで似合っているが、依奈は額にある包帯を見ると胸が痛くなった。


「静華、大丈夫なの?頭。」


「えぇ。かすってただけだったらしいから、問題無いそうよ。私としては、痕に残るかどうかが心配だけどね。」


依奈は正座をして座っている静華に対立するように座って、自分もお茶を啜った。


結局、あの日の出来事は全て享吾による犯行で幕を閉じた。裕子がグジャグシャになって発見され、その遺体からは例の金槌の痕、そしてその金槌に付着している血と指紋で享吾の犯行は明らか。
静華も依奈も殴られた形跡があるので、疑いの目はなかった。

犯行は清都、来希が殺されたのは依奈と裕子だと思ってのこととされているらしい。

美苗はあれ以来連絡を交わしていない。依奈は何度もメールを送ったが既読すらつかなかった。警察が言うには精神的なショックが大きいと聞いていた。

「....あの日からもう三日も経つのね。」


「うん、そうだね。私...裕子を守れなかった。裕子は私を助けようとしてくれたのに、あの時。私が裕子を置いてかずにいたら....」


「美苗がヤバくて事態が一刻を争ってた状況よ。こう言ってはあれだけど...あれは仕方がないことよ。」


浮かび上がる裕子の笑顔。依奈は少し目頭が熱くなるが、グッと堪えた。


「それにしても....静華はなんであの時、あの場所にいたの?」


「.......裕子から電話があったのよ。美苗が襲われているから手助けをして欲しいって。」


「葬式で手を引きたいって言ったのに、何で来てくれたの?」


「本当は行きたくなかったわ。やっぱり怖かったもの。でも、それ以上にあなた達を失うのが怖かった。それだけの事よ。
最も...その恐れていた事態は起こっちゃった訳だけど....」


重い空気が漂い、沈黙がしばらく続いた。静華は少し溜め息を吐き、周りをキョロキョロと見た。


「それにしてもやっぱりあなたの部屋は落ち着くわね。この後のことを考えて雰囲気作りで何か匂いをつけてるの?」


「...相変わらずだね。私は友達って認識じゃなかったの?」


「私は友達のようであり恋人のような関係が一番好きなの。あなたもそうなんじゃない?」

「いや....まぁ、うん。そうなんだけど...
ま、まぁそれは置いといて、今日はどうしたの?会って話しがしたいって言ったけど、何か伝えたいことがあるんじゃない?」


静華は一口お茶を飲むと、勉強机にある章太と依奈のツーショット写真を見て、大きく深呼吸をした。


「私が今日あなたに言いたいことが一つ、そして聞きたいことが一つ、そしてやりたいことが一つあるの。」


「ん?何?」


「まず、あなたに言いたいことだけれども....」


静華は妙に緊張そうな表情をしていた。依奈にはさっぱり分からなかったが、プライドの高い静華が緊張する事は相当の事だと思い、黙って待った。
数秒後、気持ちが整ったのかまた大きく深呼吸をした。


「依奈。私はあなたと出会ってまだほんの数日という関係。だけど、あなたは私の事を友達と言ってくれた。
そんなあなたに言いたいの。私は...依奈、あなたのことが好き。」


「え?」


「人想いで優しくて、誰かの為に自分の身を投げ出せる、そして人の為に涙を流せるあなたが好きなの。だけど、あなたにそんな気持ちは無いことは重々理解しているし、付き合うのは無理だと思ってるの。

そして、私はあなたと付き合えなくてもいいから友好関係を築いていきたい。それなのに自分の本当の気持ちを隠したままなのは駄目だと思ったの。

だから、今日この場を借りて告白させてもらったわ。そして、これからも友達でいてくれるかしら?」


静華は少し顔を赤らめ、真剣な眼差しで依奈を見つめた。静華の真剣さは依奈には十分に伝わっていた。
依奈は、ニコッと笑顔を見せた。


「うん。気持ちを伝えてくれて嬉しい。ありがとう静華。これからもよろしくね?」


返答を聞いた静華は笑顔になって、大きくため息を吐いた。緊張の糸が解れた感じがした。


「ふー....結構緊張するものね。告白って...
凄い勇気がいるものだわ....」


「そりゃあそうだよ。告白出来るのって凄い事なんだよ?」


「はぁ〜。あなたの返答に本当に安心したわ。まぁ、付き合ってくれたらもう天国へ逝っちゃうけど、まだ早かったようね。

次に聞きたいことだけれども、あれ以来章太君からの被害はあった?」


依奈はゆっくりと首を横へ振った。それを見て、静華は小さく頷いてみせた。


「やっぱりね...章太君はまだあなたに取り憑いているし、オーラの大きさは変わっていない。だけど、今の章太君には迷いがある。」



「迷い?」


「....迷いっていうのは語弊かもしれない。とにかく感情がグチャグチャな感じがしている。悩んでいるって言った方がいいのかしら?とにかくこんなケースは私の中だと初めて。

そこで、やりたいことだけど、わざとここに章太君を呼び寄せようと思うの。」


お茶を飲んでいた依奈の口がピタリと止まった。唾を飲み込んで、緊張気味になっていた。


「章ちゃんを...ここに?」


「えぇ。章太君が襲うのは暗闇か夕暮れ。だから部屋のカーテンを締めて暗くし、盛り塩でこの部屋に閉じ込める。そして章太君が姿を現すまで待つの。
今の章太君は人型で現れるし、もしかしたらお祓いしなくても直接的な交渉で大丈夫かもしれない。

だけど、完全に大丈夫とは言えない。もしかしたら殺しにかかって来るかもしれない。一か八かの危険な橋だけど、章太をすぐに成仏させるのはこの方法がいいと思うの。」


「.......うん。いいよ。やろう静華。章ちゃんにはちゃんと天国に行ってもらいたい。」


依奈も静華も覚悟を決めた。
準備には時間はかからない。ものの数十秒で終わる。だが、それが何分にもかかったかのような感覚になる。


殺されるかもしれない....分かっていてもやっぱり怖い。だけど、章ちゃんは身体を張って私を守ってくれた。なら、私だって...

準備を終えると、二人はベットに背中を預けてひたすら待った。章太が訪れるその時を。もう二度と出てこないかもしれない、そんな考えが過ったが、いくらでも待つと強気になってひたすら待った。

感覚的には一時間だが、準備をしてから三十分後に変化はあった。

後頭部に針を刺されたかのような痛みが走った。


「痛っ!これって....あの山でもあった...」


「うん。章ちゃんが来る。頑張ろ静華。」


薄暗い中で二人は顔を見合わせ頷いた。ぎゅっとお互いの手を握り、章太が現れるのを息を飲みながら待った。


ズキン!


「痛っ!!....え?」


またあの痛みが走って、依奈は言葉を思わず漏らした。静華もそれを感じ取ったのか、後頭部にもう片手で抑えた。


「え?二回?どういうことなの?」


「わ、分からない...いつもなら一回だけだったのに....ッ!痛ッ!」


またあの痛みが走る。三回目、明らかに異常。依奈と静華は嫌な予感を頭の中で過ぎらせると、また痛みが来る。
その痛みは段々と感覚を詰めて、そして強くなって二人を襲った。


ズキン!.......ズキン!......ズキン!...ズキン!..ズキン!ズキン!ズキン!ズキン!ズキン!ズキン!ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ!!!!!!!