維真がさっきまでいた所はぷくぷくと泡が下から浮いているだけだった。だが、それは次第に大きくなり、清都は怯えながら身構えた。
そして水中からは維真が必死の形相で這い出てきた。必死に息をしながら、腕で水面を叩き何かに抵抗していた。さっきまでの余裕は消え失せ、必死なのと同時に恐怖で顔が歪んでいた。
「ごぼ....ばはっ!!な、なんで!し、章太ぼぼぼぼ...ばっ!...はっ!な、なんでぇ!」
清都は目の前で何が起こっているのか分からず、目を点にして見ることしか出来なかった。
維真は上半身を必死に振りながら清都に救いの手を伸ばす。涙で顔をグシャグシャにし、助けて、と何回も連呼していた。
すると、維真の背後から白い手がぬっと出てきて、維真の頭を掴んだ。
そしてあの不気味な笑みを浮かべながら、章太は維真の背後から姿を現した。
「いっだょね?維真...ぐん。ぎみにはこごでょぐお世話に....なっだね?自分のはらいぜに僕を...」
「ぞ....それはっ!君も了承してた...っはずだろ!」
「ごとばではね?...心のぞこから思っでるわげないじゃん....だから...ごんどはぎみがやる番...だよ?えんびょしなぃで....ゆっくび楽しんでぃぃよぉ?」
「や、やだ!清都の方がもっと!原因じゃないが!...ぼぼぼぼ....ぎ、清都ぐん!ごめんなざい!許しで!だから...ごぼ....だすげ....ごぼぼ......」
章太は維真と共にゆっくりと沈んで行った。大きくなっていた泡が逆にどんどん小さくなり、次第に泡は消えた。
清都は目の前の出来事をただ棒立ちで見るしか出来なかった。そして泡が無くなった意味を悟り、ゆっくりと後退していく。
泡が消えた場所に章太はゆっくりと浮上してきた。不気味な笑顔を清都に見せ、清都は歯をガチガチと震わせていた。
すると章太の横隣から維真が浮き上がってきた。さっきのような抵抗はしていなく、静かに浮上してきた。
目は死んだ魚のような目をしていて、生気は感じられない。
章太はまたゆっくりと水中へと入っていく。
これまでの状況で清都の固まっていた身体は、章太が水中へ入った意味を脳が理解した時、すぐに動き出した。
次は!俺の番だ!
「うわあああああああああああああ!!!!」
清都は叫びながら更地まで泳いでいった。だが、これは泳ぎというよりは走り。まるで地上を走っているかのように水を蹴り、腕は水面を掴みながら逃げていた。
し、死ぬ!捕まったら殺される!終わる!俺の人生!まだ十七歳だぞ!嫌だ!嫌だ嫌だ!
「嫌だ嫌だ嫌だぁ!!!来んじゃねぇ!!来んじゃねぇよぉ!!章太ぁぁぁぁ!!!」
心の叫びは次第に言葉に変わり、清都は無我夢中で逃げた。何とかして川から這い上がり、更地に足を踏みいれた瞬間、右足がグッと後ろの方へ引っ張られた。
清都は見ずとも理解していた。章太の手。地獄への片道切符。
「うわぁぁぁぁぁ!!やめろぉ!やめてくれぇ!!」
清都は必死に右足を揺さぶり、その白く殺意で染まった手を引き離そうとした。
章太の手は引き離さまいと、服を通り越し清都の足に爪を食い込ませた。
清都は歯を食いしばり、覚悟を決め力を抜き一気に引き離した。
「ふっ!ふっ!ふっ!!...ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!」
爪が肉を抉る激痛に耐えながら、清都は右足を章太の手から引き離した。
清都は尻もちをつき、後退りしていると、川から章太が顔だけ浮かんできた。あの笑顔を見せながら。
「ひっ!ひ、ひぃぃぃぃ!!」
清都はすぐさま立ち上がり、更地を後にして無我夢中に走った。ゲロを吐きながらも全速力で家まで走って逃げた。
その後ろ姿を見ていた章太。
クスッと鼻で笑い、暗闇の川底へと消えていった。
「...っていう話らしいんだ。そうだよね静華?」
「えぇ。現実離れしてる話でイマイチ頭に入ってこないとは思うけれど、この一件に関わるなら無理にでも入れてちょうだい。」
昨日、静華から聞かれた話を依奈は家のリビングにて呼び出した美苗と裕子に聞かせた。
二人は説明を聴きながらも、出されたお茶の入ったコップを持ちながらポカーンと口は開け、話がまともに入っているのかすら怪しい表情をしていた。
その理由は依奈は分かっていた。
美苗は何とか空いた口を塞ぎ、唾を飲み込むと再び口を開いた。
「あっ....いや、話は何となく分かったんだけどさ...
依奈、あんた....姫夜女学園の人と...そんな仲だったの?」
そう聞かれ、依奈は深い溜息を吐いた。
それもそのはず、四人テーブルで話す側と聞く側で対立して話しているのだが、依奈が真剣に話している途中、静華は依奈の肩に頭を預けて、スリスリと擦ってきていた。
「....あの静華さん?二人に勘違いされちゃうから辞めて欲しいんだけど...何で頭を私に預けてるの?」
「実は今朝寝違えてしまってね。首がズキズキして痛いのよ。丁度この向きでこの角度が楽だから、我慢してくれる?」
「擦る必要ないし、この手は何?」
依奈は反対側まで回っている静華の手を指さした。静華はあーっと口で言いながら遠目で見ていた。
「それは....こうすれば、頭が離れなくて安定するじゃない。それに手をさっきつっちゃったの。伸ばしたい意味もあるからそれも我慢して。
あー...ちょっと口元が痒くなってきたわ。赤く腫れてないか、じっくりとこっちを見て確認してくれないかしら?」
そう言って、腕まで回していた手をゆっくりといやらしい手つきで首元まで静華はあげていった。
不覚にもゾゾゾッとして、その手を慌てて掴んで離した。
レズってことは知ってたけど、まさかこんなにも積極的だとは....いや、昨日からそうだったっけ...
「...ふ、二人共本当に勘違いしないでね?私レズじゃないから。普通に男の子好きだから。」
汗を垂らしながら苦笑いでそう話すと、静華はショックな顔をして、わざとらしく目をウルウルとさせた。
「そんな!....酷いわ依奈。もう友達とも言い難い事を昨日沢山したっていうのに...私との関係は遊びだったの?」
依奈はジト目で静華を見るが、静華は演技をとめない。あくまでこの茶番を辞める気は無いと悟り、依奈のため息が更に深くなる。
チラッと二人の反応を見ると、美苗は「うわーまじかー」みたいな印象。
裕子は何故か頬を少し赤らめていた。
するとここで裕子はようやく口をゆっくり開かせた。
「あ....あの...し、清水さん?...千澤さんと昨日...何をしたんです....か?」
佐々木は口に手を置き、更に顔を赤く染めながら恥ずかしそうに聞いてきた。
静華は演技をピタリと止め、ニコッと悪女のような笑顔を見せた。
「そんなの決まってるじゃない。"え"から始まって三文字で終わる事よ。昨日の依奈は本当に凄かったわよ。ちょっと刺激したらもう急変。本当に依奈って一度スイッチ入ると止まらないんだから。」
そんなほら話を言ってみると、裕子は更に赤くなり、何故か財宝が目の前にあるくらいに目をキラキラとさせて聞いていた。美苗は嫌なものを見るかのように依奈の方を見た。
「ちょ!ばっ!やめてよそんな話。裕子!今の嘘だから!まともに信じないで!ほら美苗も!」
「いや...わ、私は依奈がどんなんになろうと....友達でいるよ?...多分」
「いやだから違うって!静華!変な話ふっかけないでよ!収集つかなくなったらどうすんの!」
「ん?あー...まぁ私としては収集つかなくなってあなたとイチャコラさっさ出来るならと思ってたんだけど、あなたはそう思ってないの?」
「何言ってんの....当たり前じゃん...はぁ....なんでこんなことで疲れなくちゃなんないのよ...
じゃあ話戻すけど、静華。この二人にも私と同じオーラ見えてるの?」
そう聞くと、静華は依奈の肩から動かないまま二人を凝視する。いい加減に離れて欲しかった依奈は、静華を睨むが当然本人は気付いていなかった。
「ん〜。まぁあなた程じゃないけど、同じ種類の黒さのオーラ。まぁ対象ねこの二人も。」
「章ちゃんは私に取り憑いてるんじゃないの?それなのに二人もオーラが出てるってどういうこと?」
「まぁ説明するならマーカーみたいなものかしら?その人も章太の対象の印みたいなもの。本人がその人に取り憑いたならもっと不気味に見える。
あなたも相変わらずの大きさとはいえ、印象が違う。恐らく章太君は別の所へ行っているわね。」
その言葉に依奈は嫌な予感を漂わせた。さっきまでの空気が凍っていく。
「...ってことは....」
「えぇ。新たに犠牲者が増えている可能性が高いわね。もしくは苦しんでる最中かも。まぁ、あなたを無視して行くなんて余程の人だから、例の後二人のどちらかじゃない?」
静華の考え曰く、清都か京吾が襲われている可能性が高い。
二人共章太を自殺へ追い込み、依奈や周りのクラスメイトを苦しみ続けた元凶
本来ならスカッとする所だが、章太を止めるとなった以上、その二人にも章太の手に落ちて欲しくなかった。
「まぁ、そんなドクズがどうなろうと知ったこっちゃあないけど...私が気になってるのはあなた。」
静華はゆっくりと顔目がけて指をさした。顔をさされていたのは美苗だった。
美苗は困惑した表情を作り、何歩か後退りした。
「え?私?...や、やめてよ...私そんな依奈みたいな気はサラサラ無いって....」
私だってないんだけど...
心の中でボソッと、そしてすぐに消えかかってしまう独り言を悲しく呟く。この勘違いは結構取り除くには大変になるかもしれないと依奈は思っていた。
一方、静華はフッと息を漏らして首を左右に振った。
「あなたの容姿には興味無いわ。気になるのはあなたのオーラよ。」
「え?私のオーラ?」
「あなたと裕子さん?だっけ?差があまりにもある。その差はなんなのかしらって思ってね?」
そう言われると、美苗は少し顔を硬直させ緊張気味な表情になった。
「な、何が言いたいの?」
「オーラの大きさはその人に対する思いで変わってくる。あなた、過去に章太君となにかあったのかしら?そこを私は聞きたいのよ。」
「.......知らないよそんなの。章太君とは関わりないし、逆に関わろうとしなかった。京吾君達に虐められてるからね。もしかしたら、その時ちょっと強く当たって逃げたことがあるかもしれない。
逆に言えばそれ以外心当たりなんてない。」
「ふーん...そっ...ならいいわ。」
静華は薄い目で美苗を見ながらそんな事を言う。美苗は静華の言葉で気を悪くしたのか、不機嫌そうに目の前にあるお茶をグビグビと飲み始めた。
「うーん...まぁいいわ。じゃあこの話は取り敢えず置いといて、あなた....裕子とか言ったわよね?」
「へ?」
お茶をズズズッと啜っていた裕子は情けない声を出して飲むのを辞めた。
静華はニコッと笑い、依奈の肩から離れると裕子の方へと向かった。
美苗は、静華から逃げるように反対側へ逃げ込み私の隣に座った。
裕子は慌てふためてているものの、その場を動かずコップで顔を隠していた。
「な、ななななんですか?」
「あなた...才能あるわね。こっち方面に興味があるのかしら?」
「そ、そんな事....私は...」
「ううん、大丈夫。心配することはないわ。私があなたに教えてあげるわ。手取り足取り...ね。」