あなたのこういうキスには彼女は慣れていません。あなたは人目につく場所や車内では滅多にキスなどしない人ですから。
それでも、今のあなたは駐車場に停める時間も待てないほどに、彼女にキスをしたかったのです。

「アッ……くん……ちょっと……んっ……」

あなたは一度唇を離すと、シートベルトを外しました。彼女の方はシートベルトに拘束されたままですから、それをいいことに彼女に被さるようにして再度唇を合わせます。
やがて彼女は大人しくなり、溺れたような表情に変わっていきました。それが分かると、あなたはやっと唇を離します。

「……アッくん……?」

「菜摘は分かってないね。俺が一緒にいて楽だと思うなんて滅多にないんだよ。俺にとって都合が良い相手なんて、世界中どこ探しても菜摘しかいない」

「……え……」

「ちゃんと好きだよ、なっちゃん」

あなたはキスを再開しました。
あなたは百回に一回くらい彼女のことを“なっちゃん”と呼ぶのですが、その呼び方をされると彼女はあなたの腕の中に溺れていきます。


彼女はあなたと出会った日から、あなたの早朝三時のドライブに何度も付き合ってきました。
仕事柄、日中に予定が組めないあなたに会うには、それが一番良かったのです。
彼女を乗せて走る下沢海岸、ふたりで見る朝陽は、あなたの性格さえ変えていきました。

しかし、あなたが彼女と一緒に住むようになってからは、その趣味はめっきり少なくなりましたね。やがてあなたの家庭を持ったら、オープンカーはお役御免になるのでしょうか。
それでも、あなたと彼女の出会いに立ち会うことができて、私はとても光栄でしたよ。

いつまであなたを乗せて走れるのか私には分かりませんが、あなたと彼女を乗せて、またあの海岸を走りたいものです。


END