彼女が助手席に座り、最初はこぼれた砂の粒を目で追っていたあなたですが、発進してしばらくすると、気にすることをやめていました。彼女を降ろしたらすぐに掃除をすることは必須なので、あとはいくら汚れようと同じことだからです。

彼女は素肌が触れる膝の裏とシートの間に、ハンカチを敷いていました。ついでに姿勢を良くし、シートに背をつけようとしません。

「楽にしていいですよ」

「……いえ、本当に汚いので、私」

「海に入ったんですか。こんな早朝、から」

あなたはそう問いかけたあと、眉を寄せました。しまった、と思ったのでしょう。まさか、この女性はこの海に死ににでも来たのかと。
面倒なことが大嫌いなあなたは、神妙な顔つきで、口数も減っていきます。

「海には入っていません。浜辺を歩いていたんです」

「はぁ、そうですか」

「最初は気持ち良かったんですが、風に砂が混じってるんです。たまに口の中まで入ってきました。それでこんなに砂だらけになってしまって…… 」

「へぇ」

「こんなところへ来る予定ではなかったんです。勝間の町を少し歩いて、下沢というバス停へ向かうはずだったんですが」

「……下沢は反対方向です」

「えぇ、そうなんですか?」

死にに来たのではないと分かりましたが、あなたは、はやくもこの女性を車から降ろしたくなりました。
下沢は二十分以上も前に、あなたが走ってきた道です。減速させ、広い道路の左に寄せて停車すると、ハザードランプを点けました。

あなたは腕を組んで、助手席の彼女を睨み付けます。

「……あの、どこへ行きたくて、どうしたいのか、はっきりさせてもらっていいですか」

彼女はついにあなたを怒らせました。