「……どうして、泣くんですか」

あなたがそう尋ねたのは、それが嬉し泣きだとは思えなかったからでしょう。彼女は切ない表情を浮かべながら、睫毛を伏せて泣いているのです。
あなたは手を離しました。良い返事を貰えたはずですが、車内には緊張感が走ります。

「……すみません。私……」

「藍川さん……?」

「私、碓氷さんを初めて見たとき、王子様かと思ったんです」

あまりにピンとこない返答でした。涙の理由にもなっていないので、あなたは眉を寄せて「え?」と聞き返します。

「あのとき、夜通しひとりで歩いていて、すごく不安でした。帰れるのか分からなかったし、母の故郷ということもあって寂しくて……。夜が明けるまで誰も通らなくて、本当にどうしようもなかったときに、碓氷さんが停まってくれたんです。……私、天国の母のサプライズかと思いました。びっくりするくらい素敵な人が停まってくれたから」

「……藍川さん」

「だから、また会ってくれるなんて、本当に嬉しい……」

あまりの殺し文句に、あなたの手は自然と彼女に向かって伸びていました。彼女の肩を抱いて引き寄せると、顎を持ち上げて、ゆっくりとキスをしたのです。
彼女も身を震わせながら、目を閉じていました。

「……誉めすぎですよ」

触れるだけのキスのあと、あなたは呟きました。